「イヤだったね」・「ごめんね」のお話 | 胆道閉鎖症・乳幼児肝疾患母の会 肝ったママ’s

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 このところ、インターネット上で一つのお話が盛り上がってます。とある耳鼻科の先生が、クリニックに貼った一枚の紙のことです。
「イヤだったね」は悲しい…子どもへの声かけが共感できる!耳鼻科の貼り紙が話題
かいつまんで話を説明すると、耳鼻科の処置(吸引でしょうか?)を嫌がる子どもに、「イヤだったね」「(イヤな思いさせて)ごめんね」と親が言います。それに対し、耳鼻科の先生が「病気をよくするための治療なので、ぜひ「がんばったね!」「はやくよくなろうね」と声がけしてほしいと。「イヤだったね」や「ごめんね」は先生が悪いことしているようで、悲しくなります」という話です。耳鼻科の先生が「悲しくなります」と書いているのも、先生の人柄を表していて、インターネット上で今、話題になってますね。
 このお話を元に、こうした記事もありました。【病院・注射は、悪い子だからするの?】というブログです。こちらのブログ主は、小児医療をもっと親に知ってもらおうとしている活動をされているので、記事の想定読者としては「一般の親子」さんであり、活動の目的も「小児医療を知ってもらおう」という、医療者と親子の架け橋的なものです。ですので、昨今やれ医療訴訟だ、やれモンスターペアレントだという医療者ー患者の緊張した関係を、よりお互いに信頼性のある関係に構築していこうという活動をされているので、記事はとても前向きな良い考えと思います。

しかし…。

 こうした考えは「一般的な親子」に当てはまっても、なかなか「基礎疾患」のある私たちの子どもには、難しいです。このお話をインターネット上で聞いて、少しモヤモヤした気持ちになっている基礎疾患の子どもの親御さんもおられるのではないでしょうか…。

 基礎疾患のある子ども達、それは「(ほぼ)一生病院や医師と付き合う」ことになります。そして、その長い付き合いの中で、短い期間では数週間おき、長い期間でも年に1~2度、通院したり、検査を受ける必要があります。病気が発覚した直後は、それこそ入院し、手術をし、中には移植をするお子さんもおられます。手術が成功し、退院しても、定期的に経過観察、検査をするお子さんがほとんどです。乳幼児期にはそこまでわからなくても、集団生活に入れば、「なぜ私だけいつもチックンするの?」「なぜボクだけ学校お休みするの?」と思うこともあります。

 胆道閉鎖症のお子さんや、肝臓移植をしたお子さんは、毎回必ず採血をします。乳児の頃は親から離され、ぐるぐる巻(これは安全上やっている)にされて、チックンされます。言葉がわかるようになり、自分の気持ちが言えるようになると、それが「痛い」「嫌だ」と表現するお子さんもおられます。そんな時に、「がんばったね!」「はやくよくなろうね」の声かけはどうでしょうか。一見ポジティブの言葉です。実際、これが健常なお子さんが病気で採血・注射したり、予防接種するのであれば、「はやくよくなろうね」「がんばったね!」で、その場を乗り切れます。しかし、基礎疾患持ちのお子さんは、こうしたことを、「しなくなる日」はないでしょう。がんばっても、また数週間後・数ヶ月後同じことするのが経験上わかっています。「はやくよくなろうね」は、慢性疾患持ちには「体調が悪くならない」「状態が良い」でしかなく、通院は一生涯なのです。

 たとえば、胆道閉鎖症の自己肝のお子さん、よくある合併症に「胆管炎」があります。現在は、胆管炎になれば、まず標準治療は「絶食」「補液」です。ご飯は食べずに、点滴でカロリー補給と水分補給、抗生物質投与です。どんなに好き嫌いが激しい子でも、食べることを禁止されると、空腹に耐えられません。胆道閉鎖症のお子さんを持つ親御さんが、一番辛いのは「絶食をしている我が子を見ていること」と言っている親御さんもおられるくらいです。そんな治療に耐えているお子さんに「がんばってね」って、親は言ってもかえって辛いこともあるとわかってます。小さな5才の女の子が絶食で辛く、同じ病気のお友達に「どうしたらいいの?」と尋ねたら、6才の女の子が「治ると信じる、元気になると信じる」という声かけしたお話を聞いたこともありました。

 注射や絶食、痛い思いや空腹の思いは、「嫌な思い」です。それは否定出来ない「思い」です。健常児が年に一度あるかないかの治療でなら、「がんばれ」という言葉も効果はあります。しかし、基礎疾患児にはそれが「よくあること」であれば、「がんばれ」はむしろ「気休め」であり、「現実的」ではない言葉です。親はどう声かけしたら良いのでしょう…。

 先の記事でも、基礎疾患持ちのお子さんでも、大事なのは「医療者と患者の良好な関係」の構築で、「医療行為」への信頼です。健常児の場合、「よくなろうね」「がんばったね!」というのは、「注射」などの痛い思いをする「医療行為」は「病気をよくする」ためで、それを「医療者が助けてくれる」んだということを健常児に理解してもらうための言葉です。普段経験しないような痛みをがんばったね!という言葉で、認めてあげることです。それを基礎疾患持ちのお子さんの場合は、もう少し掘り下げて考える必要があります。

 基礎疾患持ちのお子さんにとって、「痛みを伴う医療行為」をまったく避けることはできません。そして「痛いものは痛い」です。また、こうした行為は「何度も繰り返される」ことです。ですので、お子さんがそれを「嫌だ」と感じ、言葉にした時は、「嫌だったね」と受け止めてあげて良いと思います。「泣いてもいいよ」と泣く行為を認めてあげて、「嫌だったね」「痛かったね」という気持ちを共感してあげることで、自分の気持ちを親がわかって受け止めてくれるんだという安心感が得られるのではないでしょうか。そして、その気持ちを受け止めた後に、基礎疾患持ちのお子さんの親として、もう一歩踏み込んでいただきたいのは、「何のためにその行為をするのか」を子どもに説明することです。採血は肝臓の状態を医師がチェックするため、絶食はお腹の悪いバイキンが栄養を横取りできなくして弱らせるため、点滴や注射はバイキンをやっつけるお薬を入れて早く楽になるため…、子どもが理解しやすい言葉や喩え話で、その「医療行為はあなたを助けるため」ということを説明してあげてほしいです。そして、あなたを元気にするため、助ける人は医師であったり、看護師さんであることをお話するのです。だから、自分の今の痛みや身体の状態を先生にお話してみようね…と、医師とお子さんの関係を「自分を助けてくれる人」として構築していってほしいです。
 
 言葉は魔法でもあります。言葉一つで人は希望を持ったり、不安になったりします。また、同じ言葉でも、状況の違う人はそれぞれ受け止め方が違ってきます。基礎疾患を持っている子どもたちの「嫌だ」という思い、受け止めてあげる一方で、「嫌だけど、君を助けるためなんだ」という事実をきちんと説明してあげてほしいです。親が事実を説明してあげていることは、親がきちんと向き合ってくれていることと子どもに伝わるはずです。子どもだからわからない…ということはありません。「なぜ?」「どうして?」という思いを満たすことで、納得することもあります。親がうまく説明できない場面もあるでしょう、そういう時は小児科の先生や看護師に説明を委ねても良いのではないでしょうか。
 
 基礎疾患を持っているお子さんと親御さんが、病院と医師を心から信頼し、良い関係を維持できることを願ってます。