俺がある病気でノックダウンし、5日間ほど入院した時の事である。
もちろん個室なんか贅沢な事は言ってられず6人の大部屋に入ったのだが・・・
まぁ、俺以外の5人の患者も、結構重病の方ばかりのようで、普段カーテンは閉めたまま
しゃべったり、コミュニケーションをとる事もなく過ごしていたのである。
しかし、そんな中ででも、大体どのベットにはこんな人がいて病状もこんな感じかなぁ~
なんて事が自然に解ってくるものである。
しかし・・・・俺の向かいのカーテンだけはほとんど開く事もなく、看護師さんが出入り
する時にチラッと開くぐらいのもので、もちろんお向いさんの顔をみた事すら1度もなく
挨拶すら交わす事もなかった。
まぁ、別にかまわないのだが、ただ問題なのが、このお向いさん・・・・・
ずーーーーーっと一人でしゃべっているのである。
声の感じからするとかなりのご年配のおじいちゃんのようで、看護師さんからもすごく
親しみを込めて接してもらっているところをみると、入院も相当長いのであろう・・・
その独り言なのだが、吉本新喜劇の桑原和男のような独り言なのである。
結構大きなしゃがれた高い声で、途切れ途切れに
「はい・・・・・ありがとう・・・・・ございます・・・・」
「ごめんください・・・・そのようなことは・・・・ございません・・・・」
「いつも・・・ごめいわく・・・おかけいたして・・・おりますが・・・」
ここは病院である。俺はバケーションを満喫する為に観光ホテルに泊まっている訳じゃ
ない。特に大部屋で入院生活を送る以上、いびきのうるさい人がいたり、歯ぎしりの
ひどい人がいたり、そんな事は当たり前なのである。出来るだけ気にせずに、その環境
に慣れるべきなのである。
入院1日目の夜を迎えて、俺はまっすぐに天井を見つめていた。
眠れないのである。
いびき? 歯ぎしり? いいえ。そんなものこの世の中、気にしたら負けである。
そこまで繊細に出来ていないつもりである。
問題は、お向いさんが、俺が入院してきた昼間の時点から、いまだにしゃべり続けている
事なのである・・・・・
桑原和男の口調で・・・・・
も、もう夜中である。
(ここからは俺の心の声である)
「あーーーー。なんぼここは病院やって言うても泣けてくるわ・・・ようあんだけしゃべってられるよなぁー。あの口調が妙に気になるというか何というか・・・・なんで桑原和男みたいやねん。うぅぅ・・・ しかし、多分本人も、昼からしゃべり続けてて寝てないねんから、きっとそのうち疲れて寝るやろう・・・・それまで辛抱するしかないなぁ。よし!相手が寝るのを待って、そっから熟睡しよう!」
結局、一睡もせずに徐々に明るくなる外を、カーテン越しに感じながら朝を迎えた俺は、
あとの4人も眠れていない事を何となく気配で感じていた。
お向いさんは、今もしゃべっている・・・・ 眠らずに平気なのか?
その日もまた同じような状態が続き俺は眠れない怒りなどよりも、ろくに寝ずにしゃべり
続ける おじいちゃんの事が不思議に思えて仕方なくなってきていた。
たまらず 朝一番に体温を計りに来た看護師さんをつかまえて、こう聞いた。
おれ 「あの、お向いのおじいちゃん、ようしゃべるねぇー」
看護師 「あぁ、そ・そうですねぇ。」
おれ 「しゃーけど昼も夜もしゃべり続けて、じいちゃんいつ寝てるんやろうと思うわ」
看護師 「・・・・・・・・・・・・・・」
看護師 「・・・・・・・・・・・・・・」
看護師 「あれ・・・・・寝言ですねん。」
おれ 「・・・・・・・・・・・・・・」
おれ 「・・・・・・・・・・・・・・」
おれ 「・・・・・・・・・・・・・・」
おれ 「・・・・・・・・そうなんや。」
おれ 「そ、それにしても、ほんなら昼も夜も、ず~っと寝てるって事なん?」
看護師 「いいえ、昼は普通に起きててしゃべってはりますねん。夜は寝言。」
おれ 「・・・・・・・・・・・・・・」
おれ 「・・・・・・・・・・・・・・」
おれ 「・・・・・・・・・・・・・・」
おれ 「・・・・・・・・そうなんや。」
・・・・・・・・・・・・・うぅぅ(泣)
冷静によく見ると、この部屋の患者さん、皆、寝不足バリバリの顔をしているのである。
しかし、俺は5日目には桑原和男を聞きながら、熟睡していたのである。
このような、俺が持っている高い順応性は、俺にとって長所でもあり短所でもある。
人生において、普通ならば早く脱出すべき最悪な環境にも順応して長く居座る可能性がある事が
非常にリスキーなのである。