【遠藤のアートコラム】妖怪の夢vol4 ~不思議なカタチのモノたち~ | 文化家ブログ 「轍(わだち)」

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江戸時代になると、ろくろ首や一つ目小僧などと妖怪の名前が定着していきました。人々が想像した奇怪な姿や現象が、カタチと名前を獲得していったのです。

今月は、江戸東京博物館(東京・両国)で開催されている「大妖怪展 土偶から妖怪ウォッチまで」の作品を紹介しながら、妖怪の誕生についてご紹介します。
 

■今週の一枚:北斎漫画 十二編(※1)■

―ひと魂で ゆく気散じや 夏の原―

 


上記は、江戸時代後期の浮世絵師、葛飾北斎(かつしか ほくさい)(1760-1849)の辞世の句です。

「気散じ」とは、今でいうピクニックのようなものだとか。
「人魂になって夏の原っぱにでも気晴らしにでかけようか」といった意味で、飄々とした北斎ならではの句ではないでしょうか。

葛飾北斎といえば、アメリカのライフ誌が選んだ「この1000年で最も重要な功績を残した世界の人物100人」に選ばれた唯一の日本人。
世界的に知られた画家です。

しかし、生前の北斎はといえば、金銭に無頓着でいつも貧しく、行儀作法を好まず、社交辞令を一切せず、歌舞伎の人気役者が招いても、一国の藩主が招いても、歯牙にもかけなかったというような変わり者エピソードが豊富な浮世絵師。

部屋が汚れれば引っ越しをし、その数なんと90回以上。

ひたすら画法を探究し続けた彼は、晩年になっても、「猫の一匹すら描けねぇ」と涙を流したなどともいわれます。

「富嶽三十六景」とともに、北斎の名を世界中に広めることとなった作品のひとつが、「北斎漫画」ですが、その十二編には、妖怪の姿が描かれています。

※1 北斎漫画 十二編


なんとも粋に煙管をふかすろくろ首。

※1 北斎漫画 十二編(部分)


三つ目の入道はどうやらメガネを新調しているようです。

※1 北斎漫画 十二編(部分)


ここに描かれている妖怪たちに恐ろしさはみじんもなく、滑稽味に溢れています。

「北斎漫画」は、北斎が55歳の時に初版を出した絵手本です。画学生などのための教本として発表されたものでしたが、評判となって広く普及し、北斎が亡くなった後の明治11年に15編が出るまで続きました。

「北斎漫画」の“漫画”は、「折に触れて筆の赴くままに描いた画」という意味で、あらゆるものを描いたスケッチ集ですが、丹念な観察や躍動感溢れる動き、思わず笑ってしまう滑稽味など、北斎の才能を堪能でき、今でも人気があります。

北斎の手にかかれば、妖怪たちもすっかりリラックスした様子で、まるで生活の一部を切り取ったかのよう。

江戸時代後期になると、妖怪たちはすっかりキャラクター化し、時には妖怪の婚礼や化物の年中行事など、恐ろしさよりも可笑しみの方に重点がおかれた作品がたくさん描かれました。

※2 妖怪図 ※展示は終了しています。



北斎の描いた妖怪がなじみのある姿をしている一方、こちらの作品の妖怪は、実に奇妙な姿をしています。

この絵を描いたのは、現在の長野県小布施の豪商だった高井鴻山(たかいこうざん)(1806-1883)。江戸時代の儒学者でもあり、北斎の弟子でもあります。

見れば見るほど珍妙な姿ですが、緻密な筆致で描かれているため、生々しい存在感が感じられます。

※2 妖怪図(部分)


交流のあった北斎が、小布施の鴻山のもとを訪れたのは83歳の時でした。
鴻山は北斎にアトリエを提供する一方で彼に入門。
北斎にとって鴻山は、弟子でありながらパトロンでもあったようです。

今でも鴻山の隠宅は、北斎が滞在したアトリエも含め「高井鴻山記念館」として残っていて、鴻山が得意とした妖怪画も見どころの一つになっています。

京都、江戸へ遊学した際に知己を得た佐久間象山とも交流があったという鴻山は、幕末の激動の時代を目の当たりにした人物。

そんな彼は、晩年に多くの妖怪画を描きました。
その大半は、見たこともないような独自の不可思議な姿をとっています。
その心中にはどのような思いがあったのでしょうか。

※3 みみずく土偶


こちらは縄文時代の土偶です。みみずくに似ているということで「みみずく土偶」と呼ばれています。

頭部はまるで河童の皿のようで、丸や直線の模様が描かれています。

それにしても何とも奇妙な姿です。

女性を模した姿とも、精霊を表現したともいわれる土偶。

妖怪ではありませんが、人間の表現力の不思議さを感じさせられます。

存在しないはずなのに、「妖怪」という名で存在する不思議なモノたち。
ありそうで現実にはない姿から、思いもよらない姿まで、人々はたくさんの妖怪を生み出してきました。
なぜ妖怪ブームは何度も繰り返されるのでしょうか。
人々の畏れ、執着、想像力と可笑し味、そして文化と歴史を内包した妖怪たちは、これからも人々を魅了し続けるのかもしれません。


参考:「大妖怪展 土偶から妖怪ウォッチまで」図録 発行:読売新聞社

 

 



※1 葛飾北斎「北斎漫画 十二編」天保5年(1834)序
東京都江戸東京博物館蔵

※2 高井鴻山「妖怪図」江戸時代(19世紀)個人蔵 撮影=大屋孝雄
※展示は終了しています。

※3 重要文化財「みみずく土偶」縄文時代
(前2000-前1000年)兵庫・辰馬考古資料館蔵



<展覧会情報>
「大妖怪展 土偶から妖怪ウォッチまで」
2016年7月5日(火)~8月28日(日)
会場:東京都江戸東京博物館 1階特別展示室(東京・両国)

開館時間:午前9時30分~午後5時30分
(金曜と土曜は午後9時00分まで)
※入館は閉館の30分前まで

休館日:月曜

展覧会サイト:http://yo-kai2016.com
問い合わせ:03-3626-9974(博物館代表)

 

 


 


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