【遠藤のアートコラム】ヴェネツィア・ルネサンスvol.1 ~色彩の魔術師~ | 文化家ブログ 「轍(わだち)」

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絵画において、素描と彩色どちらが上か。17世紀フランスにはそんな議論があったようです。そうしたなかで、色彩と言えば、第一等に挙げられたのが16世紀ヴェネツィアの巨匠ティツィアーノでした。

今月は、国立新美術館(東京・六本木)で開催されている「アカデミア美術館所蔵 ヴェネツィア・ルネサンスの巨匠たち」の作品を紹介しながら、ヴェネツィアの画家たちについてご紹介します。

 

■今週の一枚:受胎告知(※1)■

―彩色とは、絵画に最も必要不可欠な諸要素の一つである。〔…〕われわれは彩色、われらが芸術[絵画]の本質をなす素描とともに、その魂であり、その画竜点睛であるということができる―

 


上記は、17世紀のフランスの画家ブーローニュの言葉です。

17世紀フランスでは、絵画において「素描」と「彩色」のどちらがより重要かという論争があったそうです。

素描派の主張はこうです。
・色彩は目を満足させるが、素描は精神を満足させる。
・色彩は光をどのように受けるかによって変化するため、偶発的である。
といったところでしょうか。

一方、色彩派の主張は、
・色彩はあらゆる人を魅了する。
・彩色によって、目を欺き、自然を模倣することこそ絵画である。
といったもの。

色彩は素描に従属するのか、彩色こそが絵画の本質か。
精神を満足させる素描が上か、あらゆる人を感覚的に魅了する色彩が上か・・・。

素描派の理想は、ルネサンス期の巨匠ラファエロやミケランジェロ。
一方、色彩という点で、最も優れているとされたのが、ルネサンス期のヴェネツィアの巨匠ティツィアーノ・ヴェチェッリオ(1488/90-1576)でした。

色彩の魔術師と呼ばれたティツィアーノは、90歳近くまで生きた長命な画家です。
その長い生涯に渡ってヴェネツィアの最も重要な画家として君臨し続け、ヨーロッパ中の王侯貴族、皇帝、そして教皇から注文を受けました。

※1 受胎告知


こちらは、ティツィアーノによる祭壇画です。
聖母マリアが、大天使ガブリエルによって神の子を身ごもったことを告げられる場面《受胎告知》が描かれています。

大天使の出現に驚くマリア。

※1 受胎告知(部分)


本を手に、後ろに身を引きつつも、ヴェールを手でつまんで引き上げています。

これは、マリアは聖なるお告げを聞いただけで、純潔のままキリストを懐妊したという「耳を通じての受胎」に基づくものだと考えられています。

大天使ガブリエルは、通常百合の花を手にしていますが、この作品では両手を胸の前で交差させています。

※1 受胎告知(部分)


X線の調査で、ガブリエルはもともと、マリアのほうに片手を伸ばしていたことが判明したそうです。
もしかしたらその手に百合の花を持っていたのかもしれません。

胸の前で手を交差させるのは、多くの場合、聖母マリアが崇敬を示すポーズ。

しかし、ティツィアーノは大天使、そしてマリアの頭上の天使にこのポーズをとらせることで、聖母マリアとすでにその胎内に宿ったイエスをあがめていることを示し、イエスの受肉を強調したのではないかと考えられます。

※1 受胎告知(部分)


群れ飛ぶ天使の間、光の中から聖霊の鳩が舞い降りてきています。

画面全体を覆うのは、金褐色の輝き。
この世ならざる光の表現によって、神秘の瞬間がドラマティックに描き出された、ティツィアーノ晩年の傑作です。

よく見ると、筆跡の残る粗いタッチで描かれていることが分かります。
金褐色の色彩とともに、こうした筆跡も晩年の特徴です。

『芸術家列伝』の著者ジョルジョ・ヴァザーリは、こうしたティツィアーノの描き方を、大まかな斑点で叩き付けるように描かれているが、遠くから見ると完璧な絵に見えるとし、多くの者がこうした描き方を真似しようとしたが、彼等は下手な絵を作り出しただけだったと言っています。
苦もなく描かれたように見えても、実際は幾度となく絵具を塗り重ねた結果であり、多大な労力をかけたものだというのです。

しかし一方でヴァザーリは、晩年のティツィアーノの作品は、老いによって最盛期より劣っているとも書いています。
ヴァザーリを含む、同時代の人々にとって、ティツィアーノ晩年の粗い筆跡はとまどいを覚えるものだったのかもしれません。

当時、フィレンツェの画家が、素描を重視し、しっかりと線による下書きをした後に彩色したのに対し、ヴェネツィアの画家は、いきなり色彩によって描くという手法をとりました。

ティツィアーノをはじめ、その後に続く画家たちは、色彩によって鮮やかで自由で感覚的な作品を生み出し、「ヴェネツィア派」を築きあげるのです。

※2 眠るヴィーナスとキューピッド


こちらは、パリス・ボルドーネ(1500-1571)による《眠るヴィーナスとキューピッド》です。

豊満な裸体で横たわっているのは、愛の女神ヴィーナス。
多産や繁栄、健康の守り神とされるヴィーナスは、結婚の記念に注文されることもありました。

16世紀のヴェネツィアでは、多くの画家がこうした自然風景の中で横たわる裸婦像を描き大成功を収めました。

そのはじまりは、ティツィアーノと同じ時期に同じ工房で働いていたジョルジョーネです。

ヴェネツィアの絵画に大きな影響を及ぼしたジョルジョーネでしたが、若くして亡くなってしまいます。自然の中で横たわる裸婦像《眠れるヴィーナス》は、制作途中の彼の作品をティツィアーノが仕上げたとも言われます。

ジョルジョーネがヴィーナスを自然風景の中に横たわらせた後、ティツィアーノはさらに、宮殿内の寝室のベッドに横たわるヴィーナスを描いています。

こうした官能的な作品が多いのも、ヴェネツィア派の特徴です。

地中海貿易の要所を支配し、大きな力を持っていたヴェネツィア共和国で花開いた「ヴェネツィア・ルネサンス」は、美術史に大きな存在感を放っています。

続きはまた次週、ヴェネツィア・ルネサンスの巨匠たちをご紹介します。

参考:「アカデミア美術館所蔵 ヴェネツィア・ルネサンスの巨匠たち」図録 発行:TBSテレビ
 



※1《受胎告知》ティツィアーノ・ヴェチェッリオ
油彩/カンヴァス
ヴェネツィア、サン・サルヴァドール聖堂

※2《眠るヴィーナスとキューピッド》パリス・ボルドーネ
油彩/カンヴァス
ヴェネツィア、ジョルジョ・フランケッティ美術館(カ・ドーロ)



<展覧会情報>
「日伊国交樹立150周年特別展

アカデミア美術館所蔵 ヴェネツィア・ルネサンスの巨匠たち」
2016年7月13日(水)~10月10日(月・祝)
会場:国立新美術館(東京・六本木)

開館時間:10時-18時
金曜日は20時まで
(入場は閉館の30分前まで)
休館日:火曜日

大坂会場:国立国際美術館
2016年10月22日(土)〜 2017年1月15日(日)
開館時間:10時〜17時  金曜日は10時〜19時
(入場は閉館の30分前まで)
休館日:月曜日、12月28日(水)〜1月4日(水)
ただし、1月9日(月・祝)は開館し翌日休館

展覧会サイト:http://www.tbs.co.jp/venice2016/
問い合わせ:03-5777-8600(ハローダイヤル)

 

 





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