スペインの奇才ダリは、「パラノイア的=批判的方法」という革命的な手法をシュルレアリスムにもたらしたとか。いったい、どういうことでしょうか。
今月は、国立新美術館(東京・六本木)で開催されている「ダリ展」の作品を紹介しながら、サルバドール・ダリについてご紹介します。
上記は、シュルレアリスムを代表する画家サルバドール・ダリ(1904-1989)の言葉です。
スペインが生んだこの奇才は、20世紀美術を代表する画家の一人。
現代アーティストの先駆けです。
しかし、彼が考案し、自称した「パラノイア的=批判的な活動」とは、いったい、どういうことなのでしょうか。なんともわかりづらい言葉です。
パラノイアとは、偏執的になり妄想がみられる症状、日本語でいう偏執症のことです。
そのため、「偏執狂的=批判的活動」とも訳されます。
「パラノイア(偏執狂)的」に続くのは、一見矛盾しそうな「批判的」という言葉。
物事を判定したり評価したりする「批判」という言葉は、哲学では、認識・学説の基盤を原理的に研究し、その成立する条件などを明らかにすることだとか。
とすると、ダリの言う「パラノイア(偏執狂)的=批判的な活動」とは、偏執によって生まれる妄想のようであり、人の知識や思想・行為の意味や成立する基礎を把握するかのような活動ということになるのでしょうか。
より一層わかりづらい気もしますが。
ダリがシュルレアリスト・グループに正式に参加した1929年の作品がこちら《子ども、女への壮大な記念碑》です。
※1 子ども、女への壮大な記念碑
たしかに、妄想的です。
空があり、太陽があり、地平線があり、風景のようですが、手前には奇怪な岩の塊のようなものがあります。
よく見ると、そこには様々なものが見えてきます。
画面の右上で牙をむいているライオンは、ダリにとって恐怖の対象だったそうです。
※1 子ども、女への壮大な記念碑(部分)
他には、人間の頭部や手、ナポレオン、モナリザなどが見えます。
※1 子ども、女への壮大な記念碑(部分)
※1 子ども、女への壮大な記念碑(部分)
これらは一つの岩のようであり、腐敗して溶け合っていくかのようでもあります。
「腐敗」は、「腐ったロバ」というモティーフをたびたび使用するなど、ダリが学生時代から繰り返したテーマのひとつです。
奥には、19世紀フランスの画家ジャン・フランソワ・ミレー(1857-1859)の代表作《晩鐘》の引用が見られます。
ダリの家には《晩鐘》のレプリカが飾られていたようで、幼い頃から目にしていたその作品は、恐怖の対象であり、偏愛の対象でした。
そのためか、ダリは何度も作品に登場させています。
※1 子ども、女への壮大な記念碑(部分)
ダリが固執するものや、イメージが溶け合った世界。
まるでダリの記憶の残滓、もしくは、ダリの夢をのぞいているかのようです。
また、ダリがよく使ったのが「ダブル・イメージ」の手法です。
※2 姿の見えない眠る人、馬、獅子
上の作品《姿の見えない眠る人、馬、獅子》に描かれた中央のモティーフをよく見てみましょう。
※2 姿の見えない眠る人、馬、獅子(部分)
腕を投げ出した女性に見えますか?
女性の左腕を馬の顔とすると、左向きの馬にみえてきます。
そして、馬の尻尾をよく見ると、獅子の顔に見えてきます。
眠る女性、馬、獅子がまるでだまし絵のように描かれているのです。
鑑賞者によっては、全く違うものに見えるかもしれません。
この、複数のイメージを重ね合わせる「ダブル・イメージ」こそ、「パラノイア(偏執狂)的=批判的方法」としてダリが開拓したもの。
雲や岩、壁のシミなどが、ふと、違ったものに見えてくる・・・。
覚醒したまま行うこうした夢想を、ダリは偏執や脅迫観念に身を委ねて現実を解釈することだと考えたようです。
個人的な偏執、妄想、錯乱を描き出し、さらには、鑑賞者にもそれを追体験させるこの手法は、冒頭のダリの言葉のように、「シュルレアリスム」に革命を起こし、新たな手法を提案したとされます。
では、なぜダリは、偏執や脅迫観念を描こうとしたのでしょうか。
シュルレアリスムとはなんだったのでしょうか。
フランスの詩人アンドレ・ブルトンが提唱した思想活動「シュルレアリスム」は、「超現実主義」とも訳されるそうです。
シュルレアリスムの芸術は、まるで夢を覗いているような、独特な非現実の世界を描き、見る者に混乱を与えます。
彼等が強く影響を受けたのは、オーストリアの精神分析学者ジークムント・フロイト(1856-1939)の精神分析です。
無意識の世界に目を向けた彼らは、無意識の表面化、集団の意識、夢などを重視しました。
絵画を例にすると、通常、絵を描こうとするなら、「人物を描こう」、「リンゴを描こう」などと、何かを意図的に表そうとするものです。しかし彼等は「無意識」や「偶然」「集団の意識」によって絵を描き出そうとます。
そうした「シュルレアリスト」の芸術家が生み出したのは、脳内に浮かびあがる単語を高速で書き留める「自動筆記」や、複数の作家が、互いにどのようなものを制作しているかを知ることなしに共同制作する「甘美な死」など。
画家であれば、可能な限り無意識の状態に自分をおいて筆を走らせたり、複数の素材を組み合わたり、インクのシミなどのように、偶然できた形から描いたりしました。
思いもよらないものが出来上がるという、受動的な方法です。
一方、極めて個人的な偏執を描いたり、人間の潜在意識や欲望に訴えかける作品を作り出したりと、ダリの無意識の世界へのアプローチは能動的でした。
シュルレアリスムの提唱者、アンドレ・ブルトンも「おそらくダリによって、われわれの心の窓は大きく開かれたのである」と記しています。
こうしたことから、ダリは若くしてシュルレアリスムのグループの最重要人物の一人となったのです。
ところでダリは、非合理的なイメージをリアルに描くためにアカデミー的手法、つまり、伝統的な絵画技法を使用しました。
※3 謎めいた要素のある風景
《謎めいた要素のある風景》では、ダリが愛してやまなかったカタルーニャの港カダケスの風景に「謎めいた要素」が提示されています。
乳母に連れられているのは、セーラー服を着た少年としてのダリです。
※3 謎めいた要素のある風景(部分)
教会、塔、糸杉、そして他の作品にも見られる亡霊あるいは妖怪。
※3 謎めいた要素のある風景(部分)
手前に見えるのは、歴史上の巨匠の中でも、ダリが最も高く評価していた画家フェルメールのイメージ。
※3 謎めいた要素のある風景(部分)
そして、この超現実の風景は、フェルメールに匹敵する空間表現で描かれています。
ダリの言葉に「インスタントの手製のカラー写真」という言葉がありますが、まさにダリの作品は、非現実的なダリのイメージを写し取ったかのようです。
ダリはまた、「超=機械化されたわれわれの時代は、非合理的な想像力の諸特性を過小評価している。しかし、それはあらゆる発見の基礎にやはりあるものなのだ」と言っています。
人はなぜ、非合理的な夢を見るのでしょうか。
無意識の底にはいったい何が沈殿しているというのでしょうか。
意識と無意識、想像と実際の認識の狭間を捉えたかのようなダリの作品は、今でも人々を混乱に陥れ、そして魅了し続けています。
参考:「ダリ展」カタログ 発行:読売新聞東京本社
※1サルバドール・ダリ 《子ども、女への壮大な記念碑》 1929年、140.0×81.0cm、カンヴァスに油彩、コラージュ、国立ソフィア王妃芸術センター蔵
Collection of the Museo Nacional Centro de Arte Reina Sofía, Madrid
© Salvador Dalí, Fundació Gala-Salvador Dalí, JASPAR, Japan, 2016.
※2サルバドール・ダリ 《姿の見えない眠る人、馬、獅子》 1930年、60.6×70.4cm、カンヴァスに油彩、ポーラ美術館蔵
© Salvador Dalí, Fundació Gala-Salvador Dalí, JASPAR, Japan, 2016.
※3サルバドール・ダリ 《謎めいた要素のある風景》 1934年、72.8×59.5cm、板に油彩、ガラ=サルバドール・ダリ財団蔵
Collection of the Fundació Gala-Salvador Dalí, Figueres
© Salvador Dalí, Fundació Gala-Salvador Dalí, JASPAR, Japan, 2016.
<展覧会情報>
「ダリ展」
2016年9月14日(水)~12月12日(月)
会場:国立新美術館 企画展示室1E(東京・六本木)
開館時間:10時-18時
金曜日は20時まで
※ただし、10月21日(金)、10月22日(土)は22時まで
(入場は閉館の30分前まで)
休館日:火曜日
展覧会サイト:http://salvador-dali.jp
問い合わせ:03-5777-8600(ハローダイヤル)
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