【遠藤のアートコラム】ダリvol.2 ~ダリの探究~ | 文化家ブログ 「轍(わだち)」

文化家ブログ 「轍(わだち)」

美術や紀行、劇場や音楽などについて、面白そうな色々な情報を発信していくブログです。

1929年、サルバドール・ダリは、シュルレアリスム・グループへの参加と、運命の女性との出会いという、二つの重要な出来事を迎えました。

今月は、国立新美術館(東京・六本木)で開催されている「ダリ展」の作品を紹介しながら、サルバドール・ダリについてご紹介します。

 

■今週の一枚:奇妙なものたち(※1)■

―私はガラを母親や父親、ピカソ以上に、それどころか金以上に愛している―

 

上記は、スペインが生んだ奇才サルバドール・ダリ(1904-1989)の言葉です。

1929年、ダリは彼にとっての運命のミューズ、ガラ・エリュアール(1894-1982)と出会います。

「ガラ」の名で知られる彼女の本名は、エレナ・イヴァノヴナ・ディアコノワ。
彼女はダリにとってインスピレーションの源であり、自分を支えてくれる存在。
私生活でも、芸術活動の上でも欠かせない伴侶でした。

「わたしはガラなしではダリになれない」と言っていたというダリは、多くの作品に「ガラ・サルバドール・ダリ」と署名しています。

このサインは、上の作品《奇妙なものたち》にも見ることができます。

※1 奇妙なものたち(部分)

 


幻想的な雰囲気を醸し出すこちらの作品は、夜のような風景の中に、タイトル通り奇妙なものたちが配置されています。

※1 奇妙なものたち


前景に立っているのは、小枝が髪になっている女性の姿。

背後にあるソファや椅子には、見えない人物が座っているかのようです。

※1 奇妙なものたち(部分)


人型の凹みのある椅子を含め、この作品には、ダリのシュルレアリスム時代の典型的なイメージがいくつも置かれています。

※1 奇妙なものたち(部分)


画面左上に見えるのは、フランスパンを頭に乗せた胸像です。
ダリの奇抜な行動に、「リーゼントヘア」と称してフランスパンを頭に付けて取材陣の前に登場したというエピソードもあります。

あるときぼんやりと一片のパンを見ていたダリ。
彼は、そのパンをねぶって柔らかくして、その柔らかくなった部分をテーブルの上に押しつけたそうです。
すると、パンが自立。
ダリはこれをコロンブスの卵の再発見と位置づけ、「「栄養」や聖なる「生存」の象徴」であるパンを「無益で美的なもの」に変えるため、パンでシュルレアリスムのオブジェを作ろうと思いついたとか。

※2 右)皿のない二つの目玉焼きを背に乗せ、ポルトガルパンのかけらを犯そうとしている平凡なフランスパン


上の写真右側は、《皿のない二つの目玉焼きを背に乗せ、ポルトガルパンのかけらを犯そうとしている平凡なフランスパン》という作品です。

※1 奇妙なものたち(部分)


並んだ胸像の左端は、額が引き出しになっています。

こちらもまた、他の作品でも見られるイメージです。

※3 引き出しのあるミロのヴィーナス


上の作品ではなんと、ヴィーナスの身体に無数の引き出しが。
その名も《引出しのあるミロのヴィーナス》という作品です。

このイメージに対するダリの言及はというと、
「それらは、我々の引き出しそれぞれから生じるナルシスティックな匂いをかぐという、ある自己満足を説明しているのです」
というもの。

そしてこちら、“柔らかい時計”。

※1 奇妙なものたち(部分)


ダリの作品といえば、《記憶の固執》という作品に登場する“柔らかい時計”を思い浮かべる人も多いのではないでしょうか。

※1 奇妙なものたち(部分)


背景に見える岩は、幼いころからダリが偏愛したカダケスの風景です。
こちらもまた、ダリは執拗に作品に登場させました。

1904年、ダリはスペインのフィゲラスに生まれました。
フィゲラスはフランス国境とバルセロナの間にある町です。

ダリ家はブルジョワで成功者であり、リベラルで教養のある家庭だったとか。

6~10歳の頃、ダリは風景や静物、さらには巨匠画家の作品の模写、そして家族へのクリスマス・カードや、妹のための漫画などを描いていたそうです。
バルセロナの書店のオーナーである叔父から贈られてくる本や雑誌を通して、最新の美術に慣れ親しみました。
12歳のときにはフィゲラス市立素描学校のファン・ヌニュス・フェルナンデス(1877-1963)のクラスで学び始めます。

ダリ家は夏を海沿いの村カダケスで過ごしていました。
このカダケスの風景を愛したダリは、岬の事細かな記憶を繰り返し描き続けるのです。

家族ぐるみの交流があったピチョット家の一人ラモン・ピチョット・ジロネス(1871-1925)は、パブロ・ピカソ(1881-1973)の友人だったという画家で、彼によってダリは印象派やポスト印象派を知ったといわれます。

このように、最新の美術運動に触れていたダリは、それらを貪欲に探究しています。

※4 パニ山からのカダケスの眺望


※5 右)アス・リャネーの浴女たち

   左)カダケス​


※6 聖十字架祭のためのポスター


上は、どれもダリの初期の作品です。

印象派点描主義フォービスム
フランスの画家アンリ・マティス(1869-1954)などに代表されるフォービスムは、色彩が持つ表現力を重視しました。

ピカソやジョルジュ・ブラック(1882-1963)が創始した「キュビスム」にも影響を受けます。

※7 キュビスム風の自画像


そしてキュビスムを批判して始まったピュリスム。

※8 左)ピュリスム風の静物

   右)静物(スイカ)​


「純粋主義」と訳されるピュリスムは、精密で機械的な表現が特徴です。

1922年、ダリはマドリードのサン・フェルナンド王立美術アカデミーに入学するのですが、それ以前から多様なスタイルやジャンルの絵画を100点以上手がけていたそうです。

マドリードの学生寮で生活しはじめたダリは、後に著名な知識人や芸術家となる若い学生たちと親交を持つようになります。
特にルイス・ブニュエル(1900-1983)とフェデリコ・ガルシア・ロルカ(1898-1936)の2人は、ダリの画家としての活動に大きな影響を及ぼしました。

巨匠の作品が並ぶプラド美術館に足しげく通い、美術学校の講義を熱心に受けていたダリでしたが、やがてアカデミーの古い体質に不満を抱くようになります。

1923年には早くも大学への抗議運動を率いたとされ放校処分を受けてしまいました。

1926年には妹と叔母と一緒にパリに旅行し、ピカソのアトリエを訪問。
巨匠の最新作はこの時期のダリに非常に大きな影響を与えました。

1926年にはまたしても反抗的態度をとって王立美術アカデミーから永久追放されてしまいます。

しかし、1925~27年にはマドリードとバルセロナで開催された複数の展覧会に参加。
バルセロナでは個展も開催しています。

そして、1929年、ルイス・ブニュエルと共同で「アンダルシアの犬」という短編映画を制作。
映画のシナリオは『シュルレアリスム革命』誌に掲載され、ダリはシュルレアリスム・グループに正式に参加しました。

その夏、カダケスで過ごしていたダリのもとに、訪問者がありました。

画廊主カミーユ・グーマンス、パートナーのイヴォンヌ・ベルナール、
画家のルネ・マグリットとその妻、
映画監督で友人のブニュエル、
シュルレアリスムの詩人ポール・エリュアール、そして、その妻ガラと彼等の娘です。

この時から25歳のダリは、35歳のガラに恋い焦がれ、2人は離れられない間柄となっていきました。

結局1932年にエリュアールと離婚したガラは、1934年にダリと再婚。
ダリのモデルとして、そしてマネージャーとして作品の販売管理から財産管理までを行なったそうです。

※1 奇妙なものたち


1937年に計画した映画『シュルレアリスムの女』の脚本には、《奇妙なものたち》に登場するモチーフと思われる一文があります。

「こんもりとした白馬のたてがみでできた特別な夢の扉のファスナーを通って、人は眠りに落ちるだろう」

※1 奇妙なものたち(部分)



「座った人物の身体の跡で作られた大きな長椅子があり、それは宝石箱のサテンの上のかぐわしい痕跡を大掛かりに模している」

※1 奇妙なものたち(部分)


前景に立っている女性の下半身と、ファスナーのついた白い毛、そして、白い椅子の肘掛と女性の腕には、形態の繰り返しが見られます。

※1 奇妙なものたち(部分)
 

※1 奇妙なものたち(部分)
 

この頃からダリは、同じ形態を異なるものに変化させて繰り返すことを「形態学的なこだま」と呼び探究するようになりました。

先週紹介した、複数のイメージを重ね合わせる「偏執狂的=批判的方法」、そして、“柔らかい時計”のような「スーパーソフト」や「形態学的なこだま」など、独自の手法を生み出し、シュルレアリスム運動に貢献したダリは、著名なアーティストになっていきました。

1930年代、ダリはシュルレアリスムの最重要人物となりますが、しかしその一方で、悪名も高まっていきました。
1934年にはシュルレアリストたちからグループ脱退するように迫られ、1940年には「アヴィダ・ダラーズ Avida Dollars(ドルの亡者)」というアナグラムまでつくられてしまうのです。

いったい何があったのでしょうか。
続きはまた来週、ダリのアメリカでの活躍についてお届けします。

参考:「ダリ展」カタログ 発行:読売新聞東京本社

 



※1サルバドール・ダリ 《奇妙なものたち》1935年頃
板に油彩、コラージュ 40.5×50.0 cm
ガラ=サルバドール・ダリ財団蔵
Collection of the Fundació Gala-Salvador Dalí, Figueres
© Salvador Dalí, Fundació Gala-Salvador Dalí, JASPAR, Japan, 2016.

※2 サルバドール・ダリ《皿のない二つの目玉焼きを背に乗せ、ポルトガルパンのかけらを犯そうとしている平凡なフランスパン》1932年
板に油彩 16.0×22.0cm
豊田市美術館蔵
© Salvador Dalí, Fundació Gala-Salvador Dalí, JASPAR, Japan, 2016.

※3 サルバドール・ダリ《引き出しのあるミロのヴィーナス》1936年(1964年、再鋳造)
白く塗られたブロンズ、白テンの毛皮の房 100.0×29.8×27.9cm
サルバドール・ダリ美術館蔵
Collection of the Salvador Dalí Museum, St. Petersburg, Florida
Worldwide rights: © Salvador Dalí, Fundació Gala-Salvador Dalí, JASPAR, Japan, 2016.
In the USA: ©Salvador Dalí Museum Inc. St. Petersburg, Florida, 2016.

※4 サルバドール・ダリ《パニ山からのカダケスの眺望》1921年頃
カンヴァスに油彩 39.4×48.3cm
サルバドール・ダリ美術館蔵
Collection of the Salvador Dalí Museum, St. Petersburg, Florida
Worldwide rights: © Salvador Dalí, Fundació Gala-Salvador Dalí, JASPAR, Japan, 2016.
In the USA: ©Salvador Dalí Museum Inc. St. Petersburg, Florida, 2016.

※5

右) サルバドール・ダリ《アス・リャネーの浴女たち》1923年
合板に貼りつけた厚紙に油彩 73.8×101.5cm
ガラ=サルバドール・ダリ財団蔵
Collection of the Fundació Gala-Salvador Dalí, Figueres
© Salvador Dalí, Fundació Gala-Salvador Dalí, JASPAR, Japan, 2016.

 

左)  サルバドール・ダリ《カダケス》1923年

カンヴァスに油彩 96.5×127.0cm

サルバドール・ダリ美術館

Collection of the Salvador Dalí Museum, St. Petersburg, Florida

Worldwide rights: © Salvador Dalí, Fundació Gala-Salvador Dalí, JASPAR, Japan, 2016.

In the USA: ©Salvador Dalí Museum Inc. St. Petersburg, Florida, 2016.


※6 サルバドール・ダリ《聖十字架祭のためのポスター》1921年
紙にグワッシュ 52.0×64.0cm
サルバドール・ダリ美術館蔵
Collection of the Salvador Dalí Museum, St. Petersburg, Florida
Worldwide rights: © Salvador Dalí, Fundació Gala-Salvador Dalí, JASPAR, Japan, 2016.
In the USA: ©Salvador Dalí Museum Inc. St. Petersburg, Florida, 2016.

※7 サルバドール・ダリ《キュビスム風の自画像》1923年
板に貼りつけた厚紙に油彩、コラージュ 104.0×75.0cm
国立ソフィア王妃芸術センター蔵
Collection of the Museo Nacional Centro de Arte Reina Sofía, Madrid
© Salvador Dalí, Fundació Gala-Salvador Dalí, JASPAR, Japan, 2016.

 

※8 

左)サルバドール・ダリ《ピュリスム風の静物》1924年

カンヴァスに油彩 99.5×99.0cm

ガラ=サルバドール・ダリ財団蔵

Collection of the Fundació Gala-Salvador Dalí, Figueres

© Salvador Dalí, Fundació Gala-Salvador Dalí, JASPAR, Japan, 2016.

 

右) サルバドール・ダリ《静物(スイカ)》1924年

カンヴァスに油彩 49.5×49.5cm

サルバドール・ダリ美術館蔵

Collection of the Salvador Dalí Museum, St. Petersburg, Florida

Worldwide rights: © Salvador Dalí, Fundació Gala-Salvador Dalí, JASPAR, Japan, 2016.

In the USA: ©Salvador Dalí Museum Inc. St. Petersburg, Florida, 2016.


<展覧会情報>
「ダリ展」
2016年9月14日(水)~12月12日(月)
会場:国立新美術館 企画展示室1E(東京・六本木)

開館時間:10時-18時
金曜日は20時まで
※ただし、10月21日(金)、10月22日(土)は22時まで
(入場は閉館の30分前まで)
休館日:火曜日

展覧会サイト:http://salvador-dali.jp
問い合わせ:03-5777-8600(ハローダイヤル)

 

 





この記事について