#1373 性悪 | プロパンガス

プロパンガス

いっしょうけんめい働いた人が
せめてビールぐらいは安心して
本物を飲める世の中をつくろう


fujiya


日本人のいいところが、世代を下るにつれ1つ1つ失われていく。


最後に残るのは、何ごとに対しても「ちゃんとできる」ことだろう。


特に、誰かに見られていなくても「ちゃんとできる」ことは、個人単位ではともかく、民族単位ではきわめて稀なことで、日本人以外には、ゲルマン人とシーア派の人たちぐらいしか存在しない。


そして、その「ちゃんとできる」ことも、ほぼ期待できないレベルにまで落ち込んでいる。


たとえば、日興コーディアル。


山一の記憶がまだ鮮明に残る中で、まさかそんなデタラメな会計操作をやらかす証券会社があろうなどということは、従来の日本人の常識では考えられない。


たとえば、不二家。


どこの食品会社でも国や業界団体の基準よりも厳しいい衛生基準をもうけ、万一自社基準を超えてしまうようなミスがおこってもまだまだ大丈夫な状態にしている中で、国家基準より10倍も緩いルールで生産管理をしているなんて、これも従来ではありえないこと。


たとえば、事務所経費不正計上。


あ、これは、想定内かな。


たとえば、給食費未納。


経済的余裕があるにもかかわらずわが子の給食費を払わない親がいるなんていうこと、日本の法体系の前提となる価値観では想定されていない。


この国の仕組みを、性善説ではなく性悪説の立場から作り直さないといけない時期に差しかかっているのかなあ。


いじめを苦にして自殺する子どもたちがあとを絶たないからといって、おもいやりの心を育むように教えるということで対処する次元を越えてしまったのかもね。


人々の心からおもいやりなんてものが消えてしまったとしても、それでも子どもたちの心やカラダが傷つかなくてすむような、そんな厳しい仕組みに改めていかなければならないということ。


哀しくなるほどに殺伐としてるけど、その現実を受け止めないことには、次の正しい1歩が踏み出せない。