まよなかのゆりかごより -5ページ目

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天馬の血族オトナ買い

やっちゃいました、オトナ買い。

今度は竹宮恵子作「天馬の血族」全24巻。送料もろもろ込みで4600円なり。

1冊あたり190円強なので、中古コミックスとしてもそんなに高価くないと思う。


以前から欲しいなーとは思ってたんだけど。

前にこの作品の全巻セットを見つけた時は

「どうせなら通常版じゃなく、愛蔵版が欲しいなー」なんてゼータクなことを考えてたんだ。

そしたら通常版も売り切れちゃって……結局、半年待ちました。

で、今回見つけた時はもう迷わずクリック!

そして、本日、ついさっき、到着しました。

これから一晩かけて読みたおします(‐^▽^‐)


竹宮作品の中では、これが一番好き。

次はダンとニナの「私を月まで連れてって!」

どちらも年の差カップルものだよね。

昴MOONもそうだし、私の好みが良くわかる……。


ネット通販てほんとに便利。そしてオトナ買いができる自分が嬉しい♪

金の瞳のリゼ リライト版

前に載せた部分に少しだけ手を入れたので、新しいのを載せときます。古いのは順次削除しますね。






金の瞳のリゼ






Prolouge




一九世紀初頭――ロンドン



「それ、あんたの母さん?」
 暗闇の中からつんと澄んだ、ひばりのような声が聞こえた。
 ぼくはテムズ河の桟橋に続く石段に座ったまま、のろのろと顔をあげた。
 あたりはじっとりと重くまとわりつくような霧に閉ざされている。残飯や下水、馬糞の臭い、そこにコークスの煤煙が混じって、じっと座っているだけで、全身がべったり油じみてくる。
 目の前のテムズ河からは腐臭をともなう冷たい川風が吹き寄せ、ガス灯の青白い光どころか、月明かりですら、このイーストエンドの外れには届かない。
 残飯をあさる野良犬やカラスでさえ、ねぐらに戻っている時刻だ。こんな夜更けにスラムをふらついているやつなんて、阿片で頭がいかれちまったか、犯罪者か。さもなきゃロンドン名物、死霊亡霊のたぐいだ。
 なんでもいい、とぼくは思った。
 ぼくのポケットは空っぽで、盗られる金なんか一ペニーもありゃしない。亡霊だって、今さら怖いもんか。
 そうさ、この世で一番怖いのは――――非道で無慈悲で、怖ろしいのは、生きている人間だ。
「ねえ、ちょっと。返事くらいしなさいよ。そこでぼろ切れにくるまって死んでるのは、あんたの母さんかって訊いてんの!」
 たん!と硬いかかとが苛立たしげに石畳を踏み鳴らし、白いほっそりした指が、ぼくの横にある灰色の毛布のかたまりをびしっと指さした。
「えっ? あ、ああ。そうだよ。今日、死んじゃったんだ」
 ぼくは慌ててうなずいた。
 そして、息を呑んだ。
 ――――女の子だ。
 女の子が、ぼくの目の前に立っている。
 ぼくと同じくらい、十一才か十二才か。ごわごわしたウールのスカートにつぎはぎだらけのエプロン、足元はぶかぶかのおんぼろ革靴を脱げないように紐で縛りつけている。
 イーストエンドでは珍しくもない、貧民街の少女だ。――それを言ったらぼくだって、貧民街の少年以外のなにものでもないのだけど。
 ただ、彼女の小さな頭をすっぽりと包み、覆い隠しているスカーフが、妙と言えば妙だった。
 こんな夜更けに、女子がたったひとりでなにをしているんだろう。悪徳と犯罪の温床と言われる、イーストエンドで。
「あたしの父さんもよ」
 女の子はちらっと後ろを見やった。
 そこには、今にも壊れそうな、大きな手押し車があった。コークスとか道に落ちている馬糞を運ぶための、木製のやつだ。
 その荷台に、ひとりの男が乗せられている。だらりとはみ出した手は微動だにせず、その男が生きていないのは一目であきらかだった。
「酔っぱらって、階段から落っこちたの。打ちどころが悪くって、それっきり」
「ぼくの母さんは病気だよ。二週間くらい前からずっと咳が止まらなかったんだけど、昨日、頭が痛いってベッドに横になって、そのまま……」
 母さんが息を引き取ると、下宿屋の大家はすぐさまぼくを借りていた部屋から追い出した。わずかな家具や母さんの衣類は、それまで溜めていた家賃の代わりだと、みんな大家に取り上げられてしまった。
「教会へ連れていくのに、素っ裸じゃあ可哀想だ。ほら、これを恵んでやるから、感謝しな」
 そう言って大家がぼくに投げつけたのは、虫食い穴だらけの汚い毛布だった。
 その毛布に母さんの遺体をくるんで、ぼくはテムズ河の桟橋まで母さんを引きずってきた。――母さんを河へ流すために。
 街はずれの共同墓地に葬るには、墓掘り人夫に金を払って墓穴を掘ってもらわなければならない。けれどぼくにはその金がなかった。
 残る手だては、この界隈に住む多くの文無しがそうするように、遺体をテムズ河に放り込むことだけだ。運が良ければ、河の流れが遺体を海まで押し流してくれる。
 そうしなければいけないんだ。いつまでも母さんをこのままにしておけない。
 みんなやっていることだ。母さんだって、きっとそれでいいと言ってくれる。
 わかってはいても、ぼくにはできなかった。
 寒がりだった母さん。部屋の中でも、いつでも寒い寒いと言ってふるえてた。そのくせ、夜には自分は薄いショールにくるまるだけで、たった1枚の毛布は眠っているぼくの体にかけてしまっていた。
 テムズ河の水は、さぞ冷たいだろう。
 ――――むりだよ。母さんをこんな冷たい、汚い水の中に突き落とすなんて。
 けれどほかにどうすればいいのかもわからず、ぼくは夕暮れからずっと、この桟橋に続く石段にただぼろ屑のようにうずくまっていたのだ。死んじゃった母さんとふたりで。
「あたしも父さんを墓地に埋葬しようと思ったんだけど、お金が足りなくて」
 女の子は、かぶっていたスカーフをはずした。
 その下からあらわれたのは、たんぽぽの綿毛みたいにふわふわした、とてもきれいなハニーブロンドだった。
 だがその髪は、うなじのあたりでぶっつりと切り落とされていた。
 まるで男の子みたいな短さだ。いかにも乱暴に切り落としただけで、見栄え良く形を整えた様子もない。あまりにも無惨な髪型に、ぼくは思わず息を呑んだ。
 そんな奇妙な髪をしてるのに……なんて、きれいなんだろう。
 小さな白い輪郭をふちどるハニーブロンドは、まるで天使の光輪のようだった。きゅっとかたく引き結んだ唇は、小さな紅色のつぼみ。
 そしてその瞳は――――。
 まるで、金色の宝石だ。
 お日さまみたいな金色の中に、わずかに薄茶色の斑点が浮いている。長いまつげがそのまわりに、淡くけぶるような陰を落としていた。
 ああ。こんな瞳が、この世にあるなんて。
 どんよりと重たく霧に閉ざされた暗闇の中で、まるでそれ自体がまばゆい光を放っているように見える。
 ぼくはその瞳に吸い寄せられるように、目がそらせなくなってしまった。
「墓掘り代を作ろうと思って髪を売ったんだけど、足りなかったの」
 ぱっと目の前に突き出された彼女の手には、数枚の銅貨が握られていた。
「あ、ああ……」
 このところロンドンでは、物の値段が急激にあがっている。あのフランスの独裁者ナポレオン・ボナパルトが発令した大陸封鎖令のせいだ。フランスはじめ欧州大陸各地からの物資が届かなくなり、島国イングランドは日干しになりかけている。
 そのため、墓掘り人夫の手間賃まで、今までの倍近くになってしまったのだ。
「じゃあ、きみも……」
 ぼくは、彼女の後ろにある手押し車を傷ましく眺めた。
 この女の子も、父親を墓地に葬るのをあきらめて、テムズに流しに来たのだろう。
 ――――良かった。
 ぼくはそう思った。
 ぼくひとりでは、どうしても母さんを河に流す勇気が持てなかった。
 でも、いっしょに同じことをする仲間がいるなら。
 きっと、できる。母さんに別れを告げられる。
 だが、彼女はいきなり、思いもよらないことを言い出した。
「ねえ。あんたの母さん、まだ髪は残ってる?」
「えっ!?」
 ……髪? ぼくの母さんの髪?
 母さんの髪は平凡なブラウンで、長さだけはまあ、たっぷりとあったけど。今も毛布の端から少しこぼれ落ちている。
「あんたの母さんの髪を売って、その代金にあたしのお金を足せば、きっと墓穴ひとつ分の手間賃になる。そこに、あたしの父さんとあんたの母さんを一緒に葬ってもらうってのは、どう?」
「え? ……ど、どうって――」
 ぼくは、とっさに返事もできなかった。
 彼女がなにを言い出したのか、よく理解できない。 ひとつの墓穴にふたりを葬る? そんなこと、できるの?
「父さんとあんたの母さんを夫婦ってことにすればいいわ。夫婦なら、一緒の墓穴に葬ってもらえる」
「夫婦!?」
 夫婦って――――え、どういうこと? 母さんが結婚するの? もう死んじゃったのに?
「大丈夫。あんたとあたしが口を揃えて、このふたりは夫婦だ、あたしたちの両親だって言えば、誰も疑わない。ほら、あたしたちはどっちも似たような金髪だし、あたしの父さんも同じ。目の色は……だいぶ違うけど。でも、そんなの誰も気にしないわ。ロンドンじゃ毎日毎日、山のように死人が出て、教会も墓掘り人夫も大忙しなんだもん。立ち合いの牧師に結婚証明書を出せって言われたら、田舎の教会に預けてあるって言えばいいのよ」
 彼女はてきぱきと説明した。
「で、でも……」
 ぼくはおどおどとその言葉をさえぎった。
「――――いやなの?」
「いやだって言うか……」
 いやもなにも、そんなことができるとは思えなかった。
 正直なところ、彼女の提案はあまりにも突拍子がなくて、現実感がない。
「やっぱり、人をだますのは……、教会で牧師さまや司祭さまに嘘をつくのは、いや?」
 女の子は目を伏せ、哀しげにうつむいた。
「そうだよね、あんたの母さんだって、きっといやよね。死んだあとに、いきなり会ったこともない男と夫婦にされちまうなんて――――」
「い……いいや。いいや、そんなことはないよ」
 ぼくはとっさに首を横に振った。
「母さんは、本当は、きちんと結婚するのが夢だったんだ」
「え?」
「お墓の中ででも誰かの妻になれるなら――――。母さん、きっと喜んでくれるよ。ぼくの母さん……結婚しないまま、ぼくを産んだからさ」
 ぼくは父親の顔も名前も知らない。
 母さんは北部の地主階級(スクワイア)の生まれだったが、女学校を卒業した年にロンドンから来た放蕩者に騙され、未婚のままぼくを身ごもった。
 家名に泥を塗った娘は家族の縁を切られて故郷を追い出され、ロンドンへ出てくるしかなかったのだ。母さんの家では娘は死んだと公表し、空っぽの棺で葬式まで出したそうだ。
 ロンドンへ来たからといって、乳飲み子を抱えた若い女にまともな働き口なんかあるわけもなく、母さんは結局、ロンドンの最下層部イーストエンドに流れ着いた。
 母さんは夫に先立たれた未亡人という触れ込みで、ホワイトチャペル通りのおんぼろ下宿に一間を借り、
『お仕立てもの承ります ミセス・メリウェザー』
 と、看板を出した。メリウェザーとは、母さんを騙して捨てた放蕩者が名乗っていた名字らしい。もともとの名字はエヴァンズだ。
 朝から晩までひたすら針を動かしていても、週に3シリングにもならない。ぼくたちはいつでも空きっ腹を抱えていた。
 たった一度のわずかな過ちのために、家族からも神さまからも見捨てられて、栄養不足と絶望の中で母さんは影法師のようにやせ細り、死んでいった。
 そんな母さんに、死んだあとでもいいから夫を持たせてあげたって、いいはずだ。
 教会で嘘をつくからって、それがなんだと言うんだ。だって神さまはとっくの昔に母さんを見捨てて、ぼくのことなんか最初から認めてもくださらないんだから。
「ありがとう。きみのおかげで、母さんをちゃんとお墓に入れてあげられる」
 ぼくがそう言うと、彼女は少しびっくりしたような顔をして、ぼくを見た。
「ううん。そんなこと……」
 そして、ためらうように眼を伏せる。
 ぼくとしては、ありがとうっていうのが本当に素直な気持ちだったんだけど。
 ――――ああ、そうか。
 ぼくは気がついた。
 彼女はぼくに、「教会で嘘をつくのはいやか」と訊ねた。
 でも本当は、教会で、神さまに嘘をつくのを嫌がっているのは、誰かを騙すのをいやだと思っているのは、彼女のほうなんだ。
 大丈夫だよ。きみだけが悪いわけじゃない。
 少なくともこの嘘に関しては、思いついたのはきみだけど、ぼくもそれを認めた。ぼくたちふたりでつく嘘だ。
 もしも神さまがこの嘘を責めるなら、ぼくときみとを同じだけ、だよ。
「じゃ、いい? あんたの母さんの髪を売っちまっても」
「うん。――――髪を売る、か。ぼく、そんなこと思いつきもしなかったよ」
「しかたないわ。あんた、男だもの。男の子はふつう、売れるほど髪を伸ばしたりしないでしょ」
 そしてぼくたちは石段の隅に座り、本当の家族のように身を寄せ合って、夜を明かした。ぼくと彼女と、死んでしまった父さんと母さんと。
「あたしの父さん、これでも前は腕のいい馬具職人だったのよ。徒弟や通いの職人も何人も使ってた」
 恐さと寒さをこらえるために、ぼくたちはぽつぽつと喋りあった。テムズの川面からあがってくる冷気を避け、ここで眠り込んで凍死しないよう、ふたり、ぴったりとくっついて。
「立派だな。れっきとした親方(マイスター)だったんだね」
「うん。でも、母さんが若い男と逃げちまってからは、すっかり酒浸りで……」
 彼女はちらりと、手押し車に載せられた、今はもう動かない父親を見やった。
「酒さえ飲まなきゃ、ほんとにいい父さんだったの」
「ぼくの母さんも。こんなとこで、毎日食うや食わずだったけど、お祈りは欠かしたことがなかった。ぼくは毎週、メソジスト派教会の慈善学校へ通わされてたんだ。あなただけはきちんとした紳士になりなさいって」
 貧困の中でもぼくに精一杯の教育を与えようと、母さんは必死だった。食事の前には必ず主の祈りを唱え、ぼくが下町のコックニー訛りに染まらないよう、つねに上流階級の言葉遣いで話しかけた。おかげでぼくは、きれいなオックスフォードイングリッシュとコックニー訛り、ついでに農民風のウィルトーシャー訛りまで自在に使い分けられるようになった。
 母さんは時々、ぼくが眠ったあとにこっそりと部屋を出ていくことがあった。その翌日には必ず、貴重な白いパンやミルク、ベーコン、時には子ども向けの小冊子がテーブルの上に置かれていた。
 それらの代金を母さんがどうやって稼いでいたか、ぼくはけして問い質さなかった。
 ……教会や世間がそれを罪だと言っても、ぼくだけはけして母さんを責めるまいと思っていた。だって母さんは、ぼくのためにそうやって体を売っていたんだから。
「すてきな母さんね」
 女の子はうつむいて、独り言をつぶやくように言った。
「あんたの母さんみたいな人がずっとそばにいてくれたら、あたしの父さんも酒に逃げたりしなかったのに」
 そのほほに、だいぶ薄くなってはいるけれど、殴られた痣が残っていることに、ぼくは気がついた。
 妻に逃げられたあと、仕事もせずに酒におぼれ、意味もなく娘に暴力をふるう。そんな最低の男でも、かつてはいい父親だったんだろう。
 そして彼女にとっては、飲んだくれの父親が、たったひとりの家族だったんだ。
 ああ、そうだ。ぼくたちはふたりとも、哀しいんだ。
 家族を失い、頼る人もなく、ひとりぽっちでスラム街に取り残されて。
 父親を喪った彼女は、その死を悲しむと同時に、心の片隅で少しほっとしているのかもしれない。これでもう、殴られずにすむ、と。
 けれどそんなふうに思う自分が、許せない気持ちもある。
 そんな、いろんな気持ちや迷いや苦しみがごっちゃになってこみ上げて、結局、なにひとつおもてに出すことができないでいるんだ。
 ぼくだってそうだ。母さんは、ぼくのたったひとりの家族だった。その家族を河に流すなんて、ぼくにはどうしてもできなかった。たとえ物言わぬ遺体であっても、まだ母さんにそばにいてもらいたかったんだ。
 ぼくも彼女も、声をあげて泣くことすら忘れていたけれど。
 不安で、哀しくて淋しくて、これからどうしていいかもわからなくて。誰かにそばにいてもらいたくて。
 そうだ。ぼくたちはふたりとも、ひとりぽっちだったんだ。
 ……ありがとう。
 ぼくは胸の内で、もう一度彼女にそうささやいた。
 ありがとう。ここへ来てくれて。ぼくのそばへ来てくれて。
 きみが来てくれたから、ぼくはもうひとりぽっちじゃない。
 そして、きみもだよね。きみももう、ひとりぽっちじゃないんだよね。
 ぼくは彼女をしっかりと抱きしめた。
 彼女の体はほっそりとして、ぼくの力でも簡単にへし折ってしまえそうだったけれど、その奥には確かにあたたかく力強い鼓動があった。優しさもいたわりもなにもないこの世界を生き抜く、強い力が秘められていた。
「あたし、アネリーゼ。リゼって呼んで。父さんの名前はダニエル・ジャクソン。――――あんたは?」
「セオドア。母さんはジェインだよ。母さんはいつもぼくのこと、セディって呼んでた」
「セディ……。いい名前ね」
 彼女――――アネリーゼは、そう言って花が咲いたように笑った。
「そうか、あんたの母さんとあたしの父さんが夫婦なら、あたしたちもきょうだいってことよね」
「うん、そうだ。どっちが上かな。ぼくは十一歳だけど」
「なら、あたしが姉さんよ。あたしは、先月で十二になったわ」
 姉さん……姉さん。
 ぼくの姉さん、アネリーゼ。
 そっと胸の内で繰り返すと、じんわりとあたたかなものが広がってくる。
 リゼ。
 ぼくの、家族。
 そして長く寒い夜が明けると、ぼくたちは手押し車に死後硬直の進んだ父さんと母さんを乗せ、共同墓地へ向かった。
 その途中でカツラ屋に寄り、母さんの髪を買い取ってもらう。母さんの髪は栄養状態が悪くてぱさぱさになっていたけれど、長さだけはたっぷりあったので、そこそこの値段で買い取ってもらえた。
 その代金にリゼが持っていた銅貨を足すと、どうにか墓穴ひとつ掘ってもらえるだけの手間賃になった。
「話をするのはあたしにまかせて。大丈夫、うまくやってみせる。あんたはただ黙って、隣でうなずいてくれればいいから」
 あらためて念を押されなくても、ぼくはもうリゼを完全に信じていた。リゼの言うとおりにしていれば、絶対に大丈夫だ。
「これはあたしたちの父さんと母さんよ。昨日、父さんが事故で死んでしまって、それを見た母さんも、ショックで心臓が止まっちまったの。もともと病気がちで、体がとても弱っていたから」
 弔いの祈りをつかさどる礼拝堂付き司祭は、ほかに金持ちの商人の葬式があったらしく、こっちの弔いは気もそぞろ、といった様子だった。せっかくのリゼの説明もろくすっぽ聞いてやしなかった。
「埋葬が終わったら、礼拝堂の控え室に来なさい。死亡証明書を書いてあげるから」
 司祭は、まだ人夫が穴を掘っている最中に早口で「土は土に、塵は塵に」を唱えると、そのまま死者の顔を見ることもなく、そそくさと立ち去ってしまった。
 充分な手間賃をもらった墓堀り人夫も、ぼくたちを疑うことなく、共同墓地の片隅に大きめの墓穴をひとつ掘ってくれた。
「そら、ここに父ちゃんたちを寝かせな。なに、心配はいらねえ。こうして一緒に葬れば、父ちゃんと母ちゃんは天国でもまた夫婦仲良く暮らせるぜ」
 まるで本当の夫婦のように寄り添って横たわるふたりに土をかけ、丸く小さな塚を作る。
 立派な墓石なんて用意できないから、墓掘りが探してくれた大きめの石を土饅頭の上に置き、目印にした。
「母さん、天国でちゃんと父さんを見張ってね。あんまりお酒を飲みすぎないように、酔っ払って家の外で寝ちまったりしないように」
 粗末な墓の前にひざまずき、リゼは小さな声で祈った。優しく賢い娘が母親に助言する、そのままの口調で。
 ぼくもその真似をした。
「父さん。母さんと仲良くね。母さんに優しくしてやって」
 父さん、か。こんなことを言ったのは、生まれて初めてだ。
 これで良かったんだ。
 きちんと母さんを墓地に葬ってあげることができた。最初に考えたとおり、母さんをテムズ河に流していたら、ぼくはこの後、墓参りもできなかった。
 そして……母さんに夫を見つけてあげることもできたじゃないか。
 腕のいい馬具職人の親方か。本来ならスクワイア階級出身の母さんにはちょっと釣り合わない身分だけど、まあいいさ。生真面目で信心深い母さんには、そういう実直な働き者の夫がふさわしい。
 天国で、きっと母さんは幸せになれる。
 すべて、これで良かったんだ。
「父ちゃんたちの名前を書くなら、こいつを使いな。おまえさんら、読み書きはできるのかい?」
「うん。ぼくができるよ」
 年老いた墓掘りから白いペンキと毛の抜けかけた筆を借りると、ぼくはまず、父さんの名前ダニエルと母さんの名前ジェインを書いた。
 そしていつものくせでメリウェザーと続けようとして、はっと気づく。
 ――――名字はなんて書くべきだろう?
 メリウェザーは母さんを騙して捨てた男が名乗っていた名字、エヴァンズは身重の母さんを故郷から無慈悲に追い出した連中の名字だ。そんな名前、もう使いたくない。
 ふつうに考えるなら、リゼと父さんの名字、ジャクソンを書けばいいのだろうけど。
 でも、墓標に書いた名前がそのまま死亡証明書にも記載されるはずだ。きっと教会の記録簿にも残るだろう。
 そこからぼくたちの嘘がばれたりしないだろうか? 元馬具職人の親方ダニエル・ジャクソンは、女房に逃げられたあと、本当は再婚なんかしていなかったって。
 どうしよう。
 ぼくは思わず、リゼを見上げた。助けを求めるように。
 そうしたら、ぼくの新しい姉さんはさすがだった。ぼくなんかより、ずっと度胸が据わっていた。
 リゼはおろおろするぼくの視線を受けとめても、眉ひとつ動かさず、堂々と立っていた。金色の瞳は夜明けの太陽みたいに力強く輝き、教会のネズミみたいな色をしたつぎはぎだらけのスカートとブラウスを着ていても、まるで威厳にあふれた女王陛下のようだった。
 ――――いいから、あんたの思ったとおりに書きなさい。あとはあたしがなんとかしてあげるから。
 しゃんと背筋を伸ばし、まっすぐにぼくを見るその金色の瞳は、間違いなくそう言っていた。
 ――――うん、わかった。
 リゼにだけ伝わるよう、小さくうなずくと、ぼくは改めて筆をとった。
 そうだ。リゼといっしょなら、大丈夫。なんだってできる。怖いものなんか、なにもない。
 一瞬だけ考え、そして一気に書きあげる。
『ダニエルとジェイン、グレンフィールド夫妻 ここに眠る』








 あの時から、ぼくはセオドア・グレンフィールドになった。
 あれから一〇年あまり。
 今、イーストエンド界隈でアーニーとセディのグレンフィールド兄弟と言えば、ちょっとは名の売れた……ぺてん師だ。










どこが変わってるかわかんない……と言われそうだけど。でも、手を入れてるんですよ。


続きは明日にでも。そっちもいろいろ手直ししてます。




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注文しちゃった♪

前からずっと捜してた、「天馬の血族」全24巻セット

ネットで注文しちゃいました。

もちろん、中古だけどね。

送料その他もろもろ込みで、4600円なり。


本とは、愛蔵版のほうがほしかったんだけど、

見つからないので、通常版です。

通常版でも、全巻揃いで出るのはあんまりないので

えいやっと思って注文しちゃいました。

早く到着するといいな♪



あ、それと。「金の瞳のリゼ」だけど。

ここに一度Upした部分にも、ちょこちょこ手をいれたり

セリフ書き加えたりしてるんだよな。

どうしよう。

一度、古いのを全部削除して、

書き足した分を新しくUpすればいいかな。

金の瞳のリゼ・こぼれ話

執筆のあいまに、ちょっとこぼれ話なんぞを……。(逃避とも言うが)



アネリーゼという名前表記、実はドイツ語式の発音に近いです。

綴りは“Annelize”。

英語式の発音だと、『アンリーズ』みたいな感じになる。

AnneとLize(Elizabethの愛称形)の合成による名前らしい。

でも、ドイツ語式のほうが可愛いので、このまま通します。


同じくセオドア(Theodor)も、

日本語では『テオドア』とか『テオドール』とか表記するのが一般的。

『セオドア』は、歴史的な通例表記。

昔から特定の有名人にのみ、特例的にこの表記を使うってやつね。

例はセオドア・ルーズベルト。

太平洋戦争ん時のアメリカ大統領。

この人は、テオドール・ルーズベルトとは言わない。セオドア・ルーズベルト。

テディよりセディのほうがちょっと古風で洒落た感じがするので、

作中ではあえてこの表記にしています。



タイトルの『金の瞳のリゼ』も、あくまで仮題の段階。

もっといいのを思いついたら、きっと変更しちゃいます。