原発事故の危険性についての怖れを、様々な理由から人々は「気づき」ます。
原発システムに生命の危機を物証的に「予見」した人々、
集合的無意識からの「予知」、「予知夢」を得た人々、
生命を守ろうとする生存本能で「予感」した多岐にわたる人々です。
【予見】
物証的に「予見」した人々は、学者(物理、化学、生物)、技術者、ジャーナリスト等が居り、原発事故の危険性を鋭く指摘していました。
このグループの特徴は、政治ドグマから離れていたり、金銭的な誘惑に負けない芯の強さがありますね。
ヒューマニストと感じています。
【予知】
原発事故前は、瞑想に拠る「予知」について、ほとんど言及はありませんでした。
瞑想者で原発に拘る人は稀でしたね。
【予知夢】
幼い頃から、
夢に因る「予知夢」は「悪夢」を見せるものでした。
広島 長崎 福島
夢の現実化(シンクロ)を怖れていました。
【警告夢】
原発事故前、
原爆についてブログにしたのは、無意識に載せたのではありません。
なぜ今頃、原爆について蒸し返すのかとの疑問を持つ方が居られました。
「予知夢」は、遠い未来の事象
「警告夢」は、極めて近い未来の事象なのです。
その疑問の答えは・・・「警告する時期」と感じたから載せたのです。
原爆も風化したような社会になり、原発についても同じ雰囲気でした。
其処に、原子力(チベットに核燃料製造工場、核ミサイル基地)についてのブログにしても、ほとんどの人は読まなかったでしょうね。
私が幼い頃から見てきた「悪夢」の一端を載せたものでした。
瞑想に拠る「予知」と夢に因る「予知夢」は、心理と体の感覚器官がノイズとして働くようです。
ノイズを打ち消す為に、「科学知識と実践」を持つようにしています。
また、科学知識と実践も、科学知識だけに偏ると、実践とのバランスが崩れ、逆のバイアスとなってしまうようです。
私は、
瞑想を「潜在意識に隠れる夢」から、顕在意識層まで掬いあげるものと見ています。
*政治的なドグマからの原発反対運動は、運動の一環であるので「気づき」の対象外と致しました。
ご訪問感謝致します。
Kundun (Soundtrack) - 17 Lhasa at Night
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