近頃、東京の都心に行くのを躊躇するようになりました。
電車に乗った時や通りすがりの某国人から、不意打ちのように漂う臭いを嗅ぐことがあるからです。
彼らの歴史に刻まれてきたのは、腐臭漂う人肉食の歴史です。
霊的な感性の鋭い人たちは、この臭いを嗅ぎ分けています。
過去世での人肉食も赦されていない。まして現世なら尚更です。
人肉食は我慾の極みです。
彼らの思考や行動に狂気を感じるのは、異形の者たちだからでしょう。
獣性を侮ってはいけない。
深く仏教に帰依するチベット人が、某国人との付き合いを深めたくないと思う絶対的な理由は、そこにあるのです。
彼らの野蛮な食文化を知っているのです。
某国人には、この世の聖なる地位はありません。
彼ら自らを高みに置こうが、天から見ればピエロなのです。
徳を積み、善行を施す事でしか人肉食のカルマを落すしかないのですが、
過去世からの記憶は人肉の味を忘れていない。
おぞましい人たちは、某国から密かに日本に持ち込んでいるようです。
人肉カプセルは、明るみになった一部なのでしょう。
そして、歴史の事実として、犬食と人肉食は表裏一体です。
大陸では犬食の習慣が現在も続いている。
人肉食の根は深い。
彼らは日本人に知られるのを怖れていても、食べたいのです。
信仰心が篤い方ほど悩むでしょう。
宗教の弔いの儀式が、人肉食者には効力も慰めにもならない事を知るからです。
チベットの人々が怖れる人肉食なのです。
知らぬ間に食べさせられる事があるからです。
ネットの力が、やっと真実を明らかにし始めました。
私は、子どもの頃には気づいていました。
ご用心を・・・