【その4】微酔なる君との戯れを~一幕~ | 妄想小説?と呼べるのか否か

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艶が~るに関する内容です。

二人にお礼を言って、出先へ向かう後ろ姿を見送った後。
お団子屋さんから漂う、甘いぜんざいの香りに後ろ髪を引かれながらも、私は置屋へと戻って来ていた。


○○
「秋斉さん、ただ今戻りました。これ、お団子です」


帳簿でも付けていたのか、秋斉さんは筆を置くと、机から身を離す。
そうして、私の姿を認めると、優しげな顔をしてお団子を受け取ってくれた。


藍屋 秋斉
「おかえり。……どうやった?ぜんざいの味は」
○○
「ぜんざい……?」


ぜんざいと言えば、先ほどのお団子屋さんで見た物が思い浮かぶ。
だけど、私は味わうどころか、買ってもいない訳で……。


○○
「えっと……置屋で、誰か作ったんですか?」


その言葉が、どうも彼にとっては見当違いだったようで、秋斉さんの瞳が軽く見開かれる。


藍屋 秋斉
「は……?……もしかして、食べてきてへんの?」
○○
「食べてって……さっきのお団子屋さんで、ですか?」


確かに、食べたい欲求は、ものすごくあった。
だけど、こんなところで時間を取られてたら、菖蒲さんの支度の時間が過ぎてしまうと思ったから、私はそのまま置屋へと戻ろうと決めていたのだ。


だけど秋斉さんは、一度深く溜息を付くと、私に部屋に入って座るように促す。
その言い付け通りに腰を下ろすと、秋斉さんはどこからともなく、お茶と先ほどのお団子を乗せた盆を私の前に差し出した。


○○
「え……?」
藍屋 秋斉
「……少し休み」
○○
「…………でも……」

藍屋 秋斉
「でも、やあらへん。朝からぎょうさん動きはって……一度も休憩しとらんのやろ?お使い頼んだついでに少しは休んできはる思たら、普通に帰ってきはるし……」
○○
「でも、私これからお稽古も……」
藍屋 秋斉
「……そないなことわかっとる。せやかて、一息つく暇ぐらいあるやろ」
??
「そうだよ、○○。俺も来たことだし、少し休んでいきなよ」


突如、頭上から声が降り注ぐ。
驚いて後ろを振り返ると、障子の淵に手を掛けて、こちらを覗き込んでいる慶喜さんがいた。



藍屋 秋斉
「……いつの間に来はったんどすか」
徳川 慶喜
「ん?さっきだけど。……それにしても、○○。今日は一日中バタバタと慌ただしく動いているそうじゃないか」


誰かから聞いたのだろうか。慶喜さんは、そのまま室内へと入ってくると、私の横に腰を下ろすと、そう問いかけてきた。


○○
「え……あ、はい。花里ちゃんがいないから……」
徳川 慶喜
「それは立派な事だとは思うけどさ。少しは休むことも必要だよ?そこの小姑が言うようにね」
藍屋 秋斉
「誰が小姑や」
徳川 慶喜
「とりあえず俺も一本もらっていい?」


言葉が聞こえなかったかのように、慶喜さんはお団子を取ろうと、秋斉さんの傍にあったお団子の包みに手を伸ばす。
しかしその手は、「パシッ」という音と共に、秋斉さんの扇子で打ち払われてしまっていた。


徳川 慶喜
「………………。秋斉?」
藍屋 秋斉
「へえ」
徳川 慶喜
「一本ぐらい、いいと思わない?」
藍屋 秋斉
「小姑呼ばわりしはるお人にはあげられまへん」



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徳川 慶喜
「……いいよ。じゃあ、こっちを貰おうかな」


そう言って、彼は私が持っているお団子の串を手にとって、自分の口へと近付ける。
だけど、その手をぴたりと止め、私の方へと視線を向けた。


徳川 慶喜
「あーん、してくれないのかい?」


その瞬間、慶喜さんの首根っこを掴んで、秋斉さんが彼を部屋から追い出して、扉を閉めた。
扉の外では、慶喜さんが秋斉さんを呼ぶ声が、廊下中に響いている。


○○
「……あの……いいんですか?」
藍屋 秋斉
「ええんや。あん人がおると、○○はんも休まれへんやろ」
○○
「で、でも……」
藍屋 秋斉
「○○はん」


突然、私の耳元に、秋斉さんの手が伸びる。


藍屋 秋斉
「……御髪が、乱れてはる」


秋斉さんの細い指が微かに私の耳に触れる。
ほんの少しかすめただけなのに、触れた部分が熱を持ったように熱くなるのを感じて。
……思わず、どきりとしてしまった。


○○
「あ、ありがとうございます!あ、そうだ!私、紅を菖蒲さんに渡さなきゃだった!ご馳走様でした!」


慌てて彼にお礼を言う。ドキドキとしたまま部屋を飛び出すと、外に居た慶喜さんとぶつかってしまった。
だけど、彼の顔を見ると、先ほどの「あーん」が脳裏をよぎってしまって、余計に心臓が五月蠅くなって。
私は、「すみません」とだけ言うと、そのまま菖蒲さんの部屋へと急いだのだった。






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