【花/真面目に】記憶~後編~ | 妄想小説?と呼べるのか否か

妄想小説?と呼べるのか否か

艶が~るに関する内容です。

昨日の前編の続きです。そして、こちらも長いです。


================================



 7


「……べ、別にわては悩みも何も……」
「ほんに……隠し事する時に目が泳ぐんも変わらへんねえ」
 更に私の頭を彼女の白い手の平が撫でる。それが何だか、まるで母親に怒られているというか、窘められているような気がして、そわそわする。
「ね、姐はん。わて、もう子供やあらへんのどすえ?ええ加減……」
「自分の言いたいことをきちんと言えへんうちは子供や」
 ばっさりと切り捨てられてしまい、二の句を告げることが出来ない。……それは、彼女の言っていることが、図星だからなのだが……。
 しかし、言葉に詰まっていると、ふいに彼女は撫でる手を止めた。
「……まあ、わてに言いたくないんやったらええけど」
 菖蒲姐さんは、私の掌に金平糖を乗せると、いつも通りの綺麗な所作で立ち上がる。そのまま、裾払いをしたかと思うと、突然出入口の方へと歩き出した。
「姐はん? どこに……」
 私の声が聞こえていないかのように、彼女は部屋の出入り口の障子戸に手を掛け、音をたてない様にして素早く開ける。
 だが、私はそこで思わず硬直し、折角貰った金平糖を畳の上に散らかしてしまった。
 何故ならそこにいたのは、ここに居るはずのない―…先程、好きな旦那さんと一緒に二十六夜の月見へと出かけたはずの、あの彼女だったからだった。


 菖蒲姐さんはこちらに顔だけ向けたかと思うと、驚いた表情の私に満足したかのように笑って、「お気張りやす」と部屋を後にしていく。そして姐さんと入れ替わるようにしておずおずと入ってきた彼女は、私の足元に金平糖が転がっているのを認めると、近くに腰を下ろし、一粒一粒丁寧に拾い始めた。
 ……頭の処理が追いつかない。そもそもどういうことだ?彼女は今まで、今日の二十六夜講の為に走り回って……それで、秋斉さんからご褒美にと夜のお休みを貰って……。で、彼女の好きな旦那さんと二人で月見に行ったはず。なのに、その彼女は月も未だ昇り切ってすらいないのに、何故か私の目の前で金平糖を拾っている。
「……? 花里ちゃん?」
 私はそこで気付く。もしや、外に彼女の旦那さんを待たせているのではないか?きっと、何の気なしに、例えば忘れ物とかでこの置屋に帰ってきて……そう、それでちょうど鉢合わせて、菖蒲姐さんが「お気張りやす」とか頓珍漢なこと言うから、断るに断れなくて……。
「花里ちゃん!」
 突然聞こえた大きな声に、身体がビクッと震える。そこでようやく、自分の手のひらに零したはずの金平糖が全てしっかり収められている事に気付いた。いや、拾っていてくれているのは分かっていたけれど、ようやくそこに意識がいった様な気がして―…それほど、この事態に混乱していたのかと思うと、思わず自嘲気味に笑みが零れた。
「あの…大丈夫?」
「あ……うん?大丈夫って何が?」
「何って……花里ちゃん、ぼーっとしてたから。何かあったのかと思って」
 彼女はそう言いながら、先程まで菖蒲姐さんが座っていた座布団の横に、着物を正して座る。慌てて「座布団あるんやし、使うて」と言うと、彼女は申し訳なさそうに、座布団の上へと座り直した。
 ……だが、その光景を私の頭に、またしても疑問が湧きあがる。
「…………。何してはるの?」
「えっ!?や、やっぱりここ、座っちゃ駄目だった?」
「いやいや、そうやのうて……」
 私が何を言わんとしているかまるで分らないと言ったように、彼女は小首を傾げ、その場に留まる。
「ほら……その、ええの?行かんくて」
「……?どこに?」
「どこに、て……そら、旦那はんのところへやけど。今日、二十六夜講、一緒に見はるんやなかったんどすか?」
 その言葉に彼女は「ああ」と頷くと、更にその可憐な表情に笑みを浮かべる。
「帰ってきちゃった」
「……………………。はあ!?」
「うん、だからね。帰ってきちゃったの」
 彼女の言っている意味が何も理解できなくて、全くと言っていいほど言葉が出てこない。どういうことだ?……って、あれ? さっきもこんな自問自答やった気がする。
 それに気付いたのか彼女は私の手から金平糖の包みを優しく取り上げて、文机の上に置く。そうして、そのまま私の手をきゅっと握りしめ、事の経緯を少しずつ話し始めたのだった。


 8


「実はね。……帰ってきたんじゃなくて、帰されたの。あの人に」
 窓際の障子戸に透けた、外の光を眺めながら、彼女はポツリと話し出す。若干、『帰された』という言葉に憤慨したが、ここで口を挟むべきではないと思い、頷くだけにすることにした。
「私の考えていることが、あの人には分かっちゃってるみたいで。『帰っていいよ』って言われちゃったんだ。……本当は、自分から『帰らなきゃいけない』って言わなきゃいけなかったのにね」
「…………?」
 聞きに徹していたのだが、彼女の言っていることが要領を得ない。思わずつっこみかけたが、その時―……。
「あのね、花里ちゃん。私に隠している事があるよね?」
 彼女が、ようやく本題を切り出した。
「隠し事……?そないなもの、あらへんよ」
「嘘。だって、花里ちゃん、最近元気ないよ。それに……」
「それに?」
「私と居る時だけ、心から笑わなくなった」
 まっすぐ私を見つめながら投げかけられたその言葉は、いとも簡単に私の行動を停止させる。それを肯定と受け取った彼女は、案の定一つ溜息を付くと、「本当のことを話して」と言った。
「……い、嫌や」
「どうして?」
「…………」
 どうしても何も。こんな子供染みた嫉妬を本人に曝け出してしまえと言うのか。例えそうだとしても、呆れて、嫌われるかもしれない。友達を取られたと思うなんて、最悪嫌われるかもしれないのに。
 だが、彼女は柔らかく私の手を握り直す。白くて小さな手。だけど、なんだか心地いい。
「……何を心配しているか分かんないけど、何を話されても、私、花里ちゃんの事を嫌いになんかならないよ」
「……そんなの、わからへんやん」
 無意識に出た言葉に対して、はっとして口を噤む。だが―…。
「ないよ。それだけは、絶対にない」
 はっきりとした口調で述べる彼女の瞳には、嘘や偽りなどが宿ってないことぐらい、私にもわかる。
「……だけど、未来のことなんて誰にもわからへ……」
「わかるの。絶対に私は嫌ったりしない。だって、私……」
「…………?」
「……私、実は、150年後の未来から来ているから。未来の出来事は大体知っているんだよ」
 その言葉に呆気にとられた。真剣な顔をしながら、彼女がこんな冗談を言うなんて思わなかったから。……だけど、次に自分の口から出たのは、微かな笑い声。何だか、今の彼女になら、何を話しても受け入れてくれそうだと、思った。
「せやったら……その未来のお嬢はんの言う事信用せんとね」
「……信じない、よね。」
「ん?」
 聞き取れないほど微かに呟いた彼女は、首を横に振り、「何でもない」という。
 そうして、私は結局、少しずつ口を開いたのだった。


 9


「せやから、……その、好きなお人が出来はったことが、悲しかったんどす」
  ああ、やっぱりだ。こんな話聞かされたら誰だって困惑するだろう。事実、彼女は今も口元に手を当てたまま、大きく目を見開いて、微動だにしていない。
 ……というか、言っていて思ったが、これは……。
「え……っと……つまり、要するに、花里ちゃんは私の事が好きってこと?こう……男の人を好きになるのと同じ感情で」
「ちゃいます。……そら、好きは好きやけど、恋愛感情やのうて、友情としてであって……」
「そ、そうだよね。ごめんね、ちょっとびっくりしちゃった」
 まさか、想像通りの答えが返ってくるとは思わなかったが、とりあえず誤解は解けたので良しとする。
 すると彼女はほっとしたように顔を綻ばせると、私の文机にある金平糖に手を伸ばす。そうして、その中の一粒を私の掌に乗せながら、ゆっくりと話し始めた。
「……そっか、そういうことだったんだね。私、てっきり花里ちゃんに何か嫌な事をしちゃったのかと思って…。でも、そうじゃなくて、良かった」
「……すんまへん」
「ううん。……でも、花里ちゃんがそんなこと思ってるなんて気付いてあげられなかった。ずっと傍にいたのにね」
「それは違……っ」
「違わないよ。気付いてあげられなくて、本当にごめんなさい」
 深々と頭を下げる彼女に、慌てて上げるように言う。すると彼女は、それを聞きいれたせいなのか何なのか、すぐに頭を上げて、「……でも、あともう一つだけ」と、姿勢を正した。
 釣られる様にして、私も姿勢を正す。すると彼女はそれを見ながら息を吐き、ついに話し始めたのだった。
「……私ね、本音を言うと、ここに初めて来た時、本当に心細かったの。幼馴染の男の子と逸れて、そのまま右も左も分からぬうちに、連れて来られて。
でもね、すぐにそんな気持ちはふっとんじゃったんだよ。……花里ちゃんに会ってから」
「……わて……?」
「うん。そう。本当に不安でたまらなかったのに、花里ちゃんは私に満面の笑みで笑いかけてくれた。ただ、それだけで?って思うかもしれないけど、本当にそれだけで一瞬で救われたの。
それからも沢山話しかけてくれて、一緒に笑って、泣いて、どんな時でも真剣に悩みを聞いてくれて。……花里ちゃんには、感謝してもしきれない」
「そないなこと……」
「ううん。そんなこと、あるんだよ。
……それにね……そんな花里ちゃんだからこそ、私はずっと貴女に憧れてた。花里ちゃんみたいになりたくて、一生懸命色々な事を練習したりしてたんだ。
―…いつも私の話を聞いてくれる花里ちゃんの悩みや話を聞けるように。私にそうしてくれたように、花里ちゃんが困った時に背中を押してあげられるようになる為に。
そうやって、花里ちゃんと肩を並べられるようになる為に……私は、頑張っていたつもりなの」
 言葉が出てこない。彼女が今まで頑張ってきていたのは、私の為?いや、勿論全部が全部そうでない事ぐらいは分かっているが……私の事なんて、微塵にも思ってないんだろうとばかり思ってたから。
「あ、あの……」
 しかし、彼女は私の声を遮り、言葉を続ける。
「……ごめんね。だから、その……」
「…………?」
「……その、私にとって花里ちゃんは一番大切な、失くしたくない友達なの。

だから、私と親友になってください!!」


 そう、頭を下げる彼女に呆然としてしまった。本日何度目かの行動である。
「……え?」
「……わ、私ね。こんなこと思ってるなんて普段恥ずかしくて言えなくて……っていうか、こんなこと言ったら重すぎて、花里ちゃん、私の事嫌いになるかと思って言えなかったの」
 恐縮しながらも耳まで真っ赤にしてそう呟く彼女がとても可愛らしくて。彼女に惚れる旦那さんの気持ちが、少しだけわかったような気がした。


10


 俯いたままの彼女の手を取り、部屋の窓辺へと向かい、空を見上げる。二十六夜の月が間もなく出るようで、空が僅かばかり白く光っているように見えた。
 『私が傍に居る事すら忘れているのだろう』。私はそう思っていたけれど、それは勘違いだと知った。それどころか、彼女もまた、私と同じように私の事を大切にしていてくれたのだ。それが知れた今、私の胸に寂しさはもうない。……それに、夜空の下、こちらへ歩いてくるあの影はきっと……。
「……もうすぐ、月が昇りそうやな」
「……?……うん、そうみたいだね」
「よし。じゃあ行こか、旦那はんのとこ」
「……えっ!?」
「せっかく頑張ったんやし、旦那はんとこの月を見いひんのは勿体ないやろ?」
「で、でも……私は花里ちゃんと……」
「せやから」
 私は彼女の手のひらをぎゅっと握りしめる。すると、返すようにまた、彼女もぎゅっと握りしめてくる。
「旦那はんとの月見が終わりはったら……わての話、聞いてくれはる?……今度は、親友として」
「……!!うん!!」
 いそいそと支度を始める彼女は知らない。すぐそこに、彼女を送り返したはずの旦那さんが来ていることを。
 私は旦那さんに向かって、一つ会釈する。すると、向こうも気付いたのか、こちらの解決した様子に、僅かに笑って返事を返してきた。
 そのまま踵を返そうとする彼に向かって、思わず身振りで引き留める。
「……花里ちゃん?どうしたの?」
「へえっ!?い、いや、何もあらへんよ。ほら、行った行った」
「??……じゃあ、行ってきます」
「へえ……お気張りやす」
「あ、そうだ」
「……?どないしたん?」
 彼女は足を止め、くるりと振り返る。そうして、私をぎゅっと抱きしめると、そのまま、あの花の様な笑みを私に向けた。
「花里ちゃん、大好きだよ」
 思いもよらぬ言葉に、私の顔は一瞬で熱くなる。まったく、何を言い出すのかと思えば……。
「……っ、もー、早よ行き!」
「あれ?照れてる?」
「照れてへん!」
 彼女はそのまま笑いながら、部屋を後にする。襖が完全に閉まるのを横目で見ながら、私もまた、彼女に聞こえない声で「わても、大好きや」と漏らした。


 見上げた空に映える月と星。
私は瞼に蓋をして、心の中でゆっくりとそれらに願った。


 どうか、この友情が、いつまでも続きますように。



終わり


================================


明日は、無料配布について載せようと思います。

怒涛の連続更新に、お付き合いくださってありがとうございました!