【花/真面目に】記憶~前編~ | 妄想小説?と呼べるのか否か

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艶が~るに関する内容です。

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ただ今、鋭意製作中です。今週中にはご連絡できると思いますのでしばらくお待ちくださいませ!!

アメンバー限定記事ですので、ご興味があれば申請くださいませ。




さて。展示にも出させていただきました、花里主役のお話、『記憶』です。

こちらのお話にも、ナツミンさんが挿絵を付けてくださいました!!

描きこみ量もさることながら、私が説明不足だったとしても、それを全てくみとってくれているのか、想像通りの姿勢とか、情景が仕上がってきたときの私の喜びっぷりったら!!←


では、前置きが長くなりましたが、よろしければお楽しみください!

ついでに言うと、めちゃくちゃ長いです。夜のお供にでもどうぞ。


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『記憶』

  

 1


 私には、幼い頃の記憶がない。……ないと言っても、全部が全部ない訳ではなく、具体的に言うのであれば、この置屋に来る以前の記憶が全くと言っていいほど、私の記憶からは抜け落ちていた。
 禿として働いていた幼少期。その時に自分を可愛がってくれた姐さんや、いつの間にか―今となっては理由も分かるが―姿を消してしまった姐さん達の顔。それから、新造に至るまでの目まぐるしい日々。これらは全て思い出せるのに、自分が禿になった経緯を思い出そうとしても、何故か思い出せないでいた。
 自分がここに存在するという事は、もちろん私にも一般的な人間同様、両親がいるということだろう。その事実に気付いた瞬間、次に頭浮かんだのは、自分は両親に会いたいのか?という疑問だった。
 一時期、私は自分の生い立ちが気になって、躍起になった事がある。それこそ、番頭や若い衆を捕まえて、自分がどうしてここに来たのか、その理由を知らないかと聞きまわったほどだった。しかし、誰もかれもが口を閉ざし、何も話してはくれない。それは私を気遣ってなのか、本当に知らないのかは、その時には全く分からなかったが……後々になって、もし私が同じように問われたら、その子に気を遣うだろうと思うあたり、きっとあの時の皆も同じ様に考えていたのだろう。
 そうして、それでも当時、皆の想いにも気付かずに一人憤慨していた私は、姐さん達に、『自分の生い立ちを知ってどうする。ここには色々な事情がある娘達ばかりいる。ここに来る以前のことを思い出したくない娘だっている。忘れている方が、幸せということもあるんじゃないのか』と何度も諭され、そうこうしているうちに、いつしか私は自分の記憶探しを止めていた。
 昔はともかく、今となれば、『両親に会いたいか?』と問われたとしたら、私は迷いなく『いいえ』と答えるだろう。何故なら、両親が居ても居なくても、記憶があってもなくても、別に寂しくも思わなかったし、生きていく上では別段何の不便もなかったという事を知ったからだ。
 私の傍にいる、沢山の姉妹。両親の記憶はないけれど、時に母の様に、時に姉の様に叱ってくれる姐さん達。それから、父の様に大らかに受け止めてくれる、番頭さんや若い衆の人達。―そして、兄の様に、本当の家族のように何でも接することの出来る楼主、秋斉さんが居てくれたから。だから私は、今の今まで、寂しさを知ることもなく、生きて来られたのだ。

 そう。『あの時』が来るまでは。


  2


 最初は不思議な子としか言い表せられなかった。
 異国の服を着たまま、秋斉さんの元へと連れて来られた女の子。身元も正体も不明なまま、彼女はこの置屋で働くこととなった。
 秋斉さんもいまいち事情が呑み込めていなかったようで、大した説明もないまま、年の近い新造という理由から、私は彼女の世話係に任命された訳なのだが―…遠い所から来たと話すその子は、本当に不思議だった。何より驚いたのは、百歩譲って髪の毛の結い方は知らないのはまだしも、着物の着付け方を一切知らないというのだ。一体、今までどんな生活をしてきたのかと疑問を抱いたが、何故か触れてはいけないような気がして、敢えて聞くのをやめた。
 そうして、一から彼女に教えていくと―…彼女は意外にも、一度教えるだけですぐに着付けを覚え、その長い髪もあっと言う間に美しく結い上げた。元々、そういう才能があったのかと感嘆の声を漏らさずにはいられなかったが、彼女は「自分が居た場所で、髪の毛を弄るのが流行っていた」と何故か寂しそうにポツリと呟いていた覚えがある。
 そして、お座敷に上がった彼女もまた、社交辞令抜きで凄かった。
 何の指導もないまま、菖蒲姐さんの「笑って御酌するだけでいい」という言葉の元、即、名代に上がった彼女は、何とそのお座敷を何の失敗も犯さずにやりとげたという。彼女曰く、「あれはお客さんが幼馴染と、その幼馴染がお世話になっている人だったから、変に気取らずにできたせい」らしいのだが―…それでも後日、所作が美しかったと褒められていたと、新造仲間伝いに聞いた。
 見目の美しさと、どこか不安が残るけれど、一生懸命な姿や振る舞い。そして、本当にこの時代に生きている人間なのかと思うほどの不思議な雰囲気。そんな彼女に魅了される男の人はとても多くて―…その中に、うちの楼主が居たことは言うまでもない話である。

 だが、その裏で、彼女を妬む人間がいたこともまた、事実だった。


 3


 遊女は本気になってはいけない。
 お客様との駆け引きを楽しみながら、偽りの好意を示す。
 しかし、遊女の中には、偽りだったはずが、真実の好意に変わってしまった者も少なくはない。そうして、意中の人物の事しか考えられなくなると、結果として、周りが見えなくなり、その人以外はどうでも良くなって…ずぶずぶと泥沼にはまっていってしまうのだ。
 そんな自分の思い人が、いくら名代だからとはいえ、自分以外の女と楽しげに話しているのを目撃する。愛の言葉を紡いでいるのを耳にする。女の方にそんな気はないとはいえ、その現場を見てしまえば、疑心暗鬼、嫉妬に狂う鬼になるのも無理はないし、その気持ちも女としてわからない訳ではない。
 きっとあの子は裏表なく、ただ純粋に姐さんが来るまでの時間を心からもてなそうとしているだけなのだ。だがしかし、先程述べた通り、その姿に惹かれる人は多い。だからこそ、事実無根にも関わらず、自分の事は棚に上げて、『盗られた』と嫉妬する人間も居たわけだ。


 だが、彼女もまた、皆が言うほど出来た人間という訳でもなかった。私は後になって知ったのだが、彼女は初めて名代に上がったあの晩から、それこそ寝る間も惜しんで、着付け、髪結い、所作、お稽古事など自分が教わった事の全てを何度も反復練習していたらしい。らしい、というのも、それを目撃した番頭から聞いた話なのであって、実際自分の目で見たわけではないのだが、彼女の上達ぶりを見れば、それが真実であるという事は誰の目から見ても明らかであることがわかる。
 ……と、まあ、元々の潜在能力もあったのだろうが、寝る間を惜しんで行っていたからこそ、今の彼女が出来た訳なのだが―……その話を聞いた瞬間、妬んでいた遊女たちが一斉に口を噤んだのを見て、思わず心の中で、まるで勝者の様に拳を握りしめ、高く掲げたのは言うまでもない。

 それほどまでに、彼女は私の誇りであり、大事な親友だった。


 最初に出会ったあの時から、ずっと一緒にいて。一番近くで彼女を見ていて。沢山話して、喜びも悲しみも共有して。誰よりも身近な存在で、互いが互いを必要とする存在だと思っていたのに。


 いつしか彼女には、好きな人が出来ていたのだった。


 それこそ、最初は何とも思わなかった。私だってまかりなりにも女だ。こんな世界に生きていても、恋の一つぐらいはしたことある。だから、好きな人が出来た彼女の気持ちは良く分かっていたつもりだし、大事な親友が悩んでいれば背中を押し、幸せな事があれば、喜んでその惚気を聞いてきたつもりだった。
 私は彼女の事が好きだ。それは友情の意味で間違いは一つもない。なのに、そうやって背中を押し続けた結果、事あるごとに「花里ちゃん」と頼ってくれていた彼女の横には、今やもう、彼が居る。そして、既に一人前の遊女となった彼女には、万が一困ったことが起きた場合でも、彼でなくとも助けてくれる人が大勢いる。
 ―…今となっては、彼女が私を頼ることは、もうほとんどない。親の記憶もなく、幼い頃の思い出が一切なくても、一度も寂しいとは思わなかったのに……。
私は、初めて味わったその感情に、戸惑いを覚えていた。


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  4


 今宵の空に、月はない。『二十六夜待ち』と一部の町や村では言うらしい。神仏の一種がどうこうと前に一度だけ聞いたことがあるけれど……結局のところ、遅くに昇る月を見るために、昇るまでの間、の目や歌えやを小高い場所でやる、というものらしい。そんな習わしを、ここ、島原でやろうと彼女を含む色々な人達で計画していたらしく、ここ数日の間、彼女は色々と走り回っていた。
 そして、当日の今日。彼女は頑張ったご褒美にと、彼と二十六夜の月見をしに出かけていった。
 部屋にある窓の障子戸を開け、空を見上げる。やはり二十六夜と言うだけあって、この夜空に月はない。そのかわり、月がいなくなった途端、自分はここにいるのだと主張するかのように、星々がいつも以上に煌々と光り輝いていた。
 それを見て、あの星はまるで自分のようだと思った。「私はここにいるよ」「傍にちゃんと居たんだよ」「気付いて欲しいんだよ」と月が居なくなってからしか、主張することが出来ない。いや、主張していても月の輝きが大きすぎて、月本体は傍にいる星の事など忘れてしまっているのではなかろうかとすら思う。とはいえ、私は彼女の横で、今回のことについてはそうやって自己主張すらしたことが無いので、星と重ねるなんておこがましいのかもしれないけれど。
 私の中で空を見上げる時間は、自分の頭と心を無にして、何も考えずにゆったりと落ち着ける時間だった。なのに、今は見上げれば見上げた分だけ、余計な事を考えてしまっている。
もう、これ以上何かを考えるのをやめよう。考えすぎると、彼女への態度にすら、それが漏れ出して、おかしな行動をとってしまいそうだ。
 そう考えて、私は障子戸に手を掛けると、音をたてないように、そっと閉じたのだった。


  5


 その時だった。障子戸を閉じて静まり返った部屋に、誰かの足音が響き渡る。どうやらその人物は階段を上っているらしく、足音は「トン、トン」と一定の拍子を刻んでいた。
 禿の子か、それとも新造の子か。はたまた姐さんか。とりあえず菖蒲姐さんは今日、特定の旦那さんと二十六夜を過ごすと言って、私達を置屋に帰したので、この足音の主ではないことは分かる。大方、先程上げたうちの誰かなのだろうと思い、大して気にも止めずに、私は自分の着物の帯を緩め、寝巻に着替えようと衿元に手を掛ける。
 しかしその瞬間―…先ほどの足音が突然消えたことに気付く。消えたならその代わりにどこかの部屋の戸が開け閉めされた音が聞こえてくるはずなのに、その音すら聞こえてこない。その事に不思議に思っていると――突然、この部屋の戸が叩かれた。

「…………?」
 こんな時間に誰だろうと、扉を見つめる。しかし、その向こうにいるであろう人物は、何も言わない。きっとこちらの様子を窺っているのだろう。
 そうこうしている間に、もう一度部屋の戸が叩かれる。そこで私は素早く身なりを整えると、「へえ」と返事をしたのだが―…そこで返ってきた声は、予想に反した、意外な人物のものだった。


  6


「花里。少し、ええ?」
「……っ!? あ、菖蒲姐はん!?」
 まさか相手がここに居るはずのない菖蒲姐さんだとは思わなくて、慌てて扉に駆け寄り、障子戸を開ける。すると彼女は寝巻のまま、申し訳なさそうに表情を曇らせていた。
「こないな時間に堪忍え」
「構いはしまへんけど……どないしはったんどすか?今日は、旦那はんと月見しはるって言うてはったのに……」
 言いながら寝巻姿の彼女を部屋に通し、部屋にあった座布団を差し出す。そうして、菖蒲姐さんが座ったところで私もまた、彼女の正面に座り込んだ。
「ああ、それは……相手の旦那はんに急用が出来てしもて、お帰りにならはったさかい。一人で月見してもつまらんし、わてもそのまま帰ってきたんや」
「せやったら、置屋に着いた時にでも声を掛けてくれはったら着替えとか……」
「ええんよ。……それは、他の子が手伝ってくれはったから」
(……他の子?)
 他愛もない言葉の筈なのに、何だか今の言葉が胸に引っかかる。今日は姐さんに言われて、姐さん付の新造は皆、置屋に帰ってきて、自室にいたはずだったから。なのに、他の子?
(もしかして、帰ってきて早々に、誰かと会うたんかな?)
「……せや、花里」
 そんな風に思案を巡らせていると、姐さんは柔らかい笑みを浮かべたまま瞼を伏せ、自分の袖の袂に手を入れる。そうして、次に彼女の手のひらが出てきた時、そこには小さな包みが一つ乗っていた。
「これ食べる?」
「……?なんどすか?これ」
「さっきの旦那はんから頂いたもんなんやけど……ほら」
 そう言って、彼女は包みの口をそっと開く。するとそこには―……。
「…………っ! わあっ、金平糖や!」
 白い包みの中に広がる、白や桃色、黄色に緑のお菓子。星の様な形をした小さな粒達は、今にも転げ落ちそうな程に溢れている。
「好きやったよね? 小さい頃から」
「へえ! ……って、覚えてくれはったんどすか?」
「何で忘れなあかんの」
 くすくすと笑いながら、彼女は自分の手元から一粒摘みあげると、懐かしげに眼を細める。
「……忘れてへんよ。花里が昔から甘い物に目があらへんことも、初めて花里に金平糖をあげた時に、『お星さまやー!』言うてはしゃぎまわった挙句、秋斉はんに怒られはったことも……」
「そ、それは忘れて欲しい内容で……」
「それに、そのお星さんが食べたらえろう甘くて。気に入ったんかなんや知らへんけど、誰にも気付かれへん様に文箱に隠しとったら、そこに蟻がようさん集ってしもて、皆に怒られたことも忘れてへんよ?」
「……もう、姐はん……」
 自分の阿呆な昔話をされて、顔から火が出そうになる。だけど、姐さんは意地悪そうな顔を向けながら、楽しそうに唇を動かす。
「……あと」
「……まだあるんどすか? もう、堪忍して下さい……」
 聞くに堪えられなくて、私は顔を俯かせる。幼少の頃とは違って、話されれば話されるほど鮮明にその記憶が蘇ってきてしまって……出来ることならば穴があったら入りたい気分だ。
 だが、姐さんはそんな顔を背けた私を見て、申し訳なさそうに軽く笑うと、そっと頭を撫でてきた。この年になって撫でられることなんて殆ど無いからか、何だか別の意味で気恥ずかしい。
 だけど、彼女はそれを止めることなく、言葉を続けた。
「……あと。何か落ち込んではったり、悩みがあったりすると、必ず一人で空を見上げとったことも忘れてへんよ」
 その言葉に、思わず、はっと顔を上げる。
 そこには、何もかも見透かしたような優しい目で見つめている、彼女の顔があったのだった。



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後編に続きます。