限界まで擦って振って、いよいよ火がつかなくなってから棄てられるのが道具にとっての幸せなんだと仮定する。
では、人間は?
*
同じ大学でも、学部が違えば学校で会うことはほとんどない。
しばらく顔を見なければ、いや、アプリのトーク履歴が下の方に埋もれてしまえば、存在を忘れられる可能性は大いにある。
だからというわけではないけれど…
帰る時はいつも、これが最後かもしれないと考えながら祈る様にドアノブを回した。
だって翔は、目を見張るほどにモテるのだ。
男にも女にも。むしろ、あの顔で生きていればモテないはずがないと断言できるくらい顔がいいので、自然の摂理とも言えそうだがとにかくモテる。
「雅紀」
「ひゃ…は、はい?」
肩越しにチラリと窺えば視線がからんで驚いた。まさかこちらを見ているなんて。
「な、に?」
裏返った声を取り繕えたか定かじゃないまま体ごと翔に向き直る。
「明日は朝から雨だってさ。家寄らないんだろ? そこの傘好きなの持って行けば」
「あ、うん。ありがと…」
「七夕って毎年雨降るな」
「そっか、明日七夕だね」
雅紀が呼びかけただけで動揺しようが、夜中のバイト前に電話一本で会いに来ようが気に留めないが、雨に降られるのは構ってくれるらしい。
こんな小さなことで嬉しいなんて思いたくないのに、翔に名前を呼ばれただけで返事は震えた。
「傘、また今度返すね」
「ん。気ぃつけて」
「…実習、頑張って」
「おう、サンキュ」
……あ、笑った。
微かに笑いかけられて、赤くなっているであろう顔を見られぬように目を逸らす。
勢いに任せてドアを開け、足音高くぬれた階段をかけ下りる。
星も月もない。鈍色の闇が辺り一帯にたちこめる空気の重たい夜だった。
今にも雨が降りそうで、深呼吸したら生ぬるい湿気が肺にじわりと浸透した。
「どうしよ、オレ、感じ悪かったよ絶対…」
翔はきっと、雅紀の態度なんか気にしないけど。
もわっと体を包んだ風に溺れそうになりながら、借りたビニール傘をぎゅっと掴んだ。
つづく