おわりははじまり-176「女人が立つときです」 | 「彩どり師の仕業」今様の巫女的生き方の心得指南いたします

お読みいただきありがとうございます。

人生の彩どり師・関みゆ紀です。



おわりははじまり-175「北条政子と不動明王現る」の続きとなります。



歴史から目を背けたら、未来の道は続かない。

「ルートを確保せよ」の「root[s]」と「route」という

人が通ってきた道を観ないと掴みどころがないのでございます。

歴史に興味がない、苦手という人は多く、

私自身も可もなく不可もなくなのでそこに関しては何にも言えない。

「腐った男子を作らない、本物の男を育てていくシステム」を創るには、

歴史を知るとルートの確保が強化されるのだと実感中です。

裏になっちゃってる歴史も含めてね。



鎌倉殿の13人をご覧になっておられた方は

「後鳥羽上皇」「北条政子」という、ここら辺の歴史のことは

だいぶインプットされていると思われます。

私もその一人でした。

「朝廷with藤原五摂家」の「マツリゴト」の流れは腐敗が進み、

平氏と源氏が決起して武士の政権に移行いたしました。

源頼朝が興した「イイクニ(1192)つくろう鎌倉幕府」は、

(今や「イイハコ(1185)つくろう鎌倉幕府」らしいが)

後継問題で「ヤッタ・ヤラレタ」の内紛を勃発の末、

北条政子の弟、北条義時が実権を握ることとなりました。

それが小栗旬さん演じる「北条義時」にございます。







その「北条義時」排除の為、「後鳥羽上皇」は、

各地に義時追討令を出し、承久の乱を起こして、

「鎌倉幕府with北条執権」の流れを食い止めようとします。

しかしながら、「後鳥羽上皇」は「北条政子」の力を舐めておりました。

鎌倉幕府・征夷大将軍の源頼朝の妻であり、

二代将軍・頼家、三代将軍・実朝の母である「北条政子」は、

弟の「北条義時」より、「地位」と「底力」を持っておりました。

「尼将軍」の異名を持つ「北条政子」は、

御家人たちの前で、大演説により人心掌握し、

朝敵の誹りの恐れを抱く関東武士たちの士氣を上げ、勝利へと導いたのでした。

その後、北条義時の息子である「北条泰時」が、

武士社会の指針・六法みたいな「御成敗式目」を制定し、

江戸幕府までに続く武士政権の礎を築くんですね。

私は「ヤッタ・ヤラレタ」の内紛で、

息子も娘も悉く失うこととなった「北条政子」のことを、

痛みを持った女人と表現したのですが、まきちゃんはそこに異を唱えました。

「う~ん、痛みっていうより、したたかって感じかな」と。

まきちゃん、アカシックレコードにアクセスして情報取って来てるからね。

私の表現は、私の感情・心情による共感で、私の思考(顕在意識)によるものだから、

「したたか」が相応しいのだと思う。

さあ、「したたか」という言葉が出てきましたよ。

「したたか」という語感は、ネガティブなイメージを髣髴させるかも知れぬが、

本来の「したたか」のルートを確保しようと思う。

したたかとは、強か、健か、なんですよ。

1 粘り強くて、他からの圧力になかなか屈しないさま。しぶといさま。
2 強く、しっかりしているさま。
3 強く勇猛であるさま。
4 程度がはなはだしいさま。
5 分量がたいへん多いさま。



これね、おそらく、あやちゃんが2022年2月26日

伝えてくれた言葉の本番が来てるんですね。




宇宙の真ん中で愛智を学ぶー170「弁才天ふたたび」



この「したたかさ」の別表現が「凛々しき手弱女(たおやめ)」となります。

「take」という「竹」であり「武」であり、

自らが掴み取るの意を持つ「take」のことを指しています。

これが「花笑ういろどり書の世界」に続いておりましてな。

それこそが「ソメイの咲く頃にみちびきだされん」の「subject」で「factor」です。

まあ、話は長くなりますので、焦らずじっくりと参りましょう。



おわりははじまり-177「市杵島姫命がルートに現れた」続く。







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