ニューヨーク点描 第14章 ~NYC地下鉄での大失敗~ | ごんたのつれづれ旅日記

ごんたのつれづれ旅日記

このブログへようこそお出で下さいました。
バスや鉄道を主体にした紀行を『のりもの風土記』として地域別、年代別にまとめ始めています。
話の脱線も多いのですが、乗り物の脱線・脱輪ではないので御容赦いただきまして、御一緒に紙上旅行に出かけませんか。

8th Ave.と9th Ave、40th St.と42nd St.に挟まれた、広大なポートオーソリティ・バスターミナルの内外を歩き回って、足が棒のようにくたくたになった僕は、7th Ave.と32nd St.の交差点にあるホテル・ペンシルバニアまでの数ブロックを歩くのが面倒くさくなっていた。

通りを行き交う個性的な人々を眺めながら、40th St.を東へとぼとぼと歩き、人通りの多い7th Ave.までは歩いてみたけれど、そこからStreetを8本も横切って32nd St.まで行くのが億劫だった。

目の前に、地下鉄駅の入口が誘うように口を開けている。

ニューヨークの地下鉄路線は、東京と同じく系統ごとに色分けされており、ポートオーソリティ・バスターミナルの最寄り駅であるタイムズスクェア42th St.駅は、赤丸数字で示された「1」・「2」・「3」系統(Broadway/7Ave.線)、黄土色の「N」・「Q」・「R」系統(Broadway線)、ねずみ色の「S」系統(Rockway Park Shuttle)、えんじ色の「7」系統(Flushing線)が交差するジャンクションである。

赤いBroadway/7 Ave線は3つの系統がある。

「1」系統は、マンハッタン島から北へハーレム・リバーを渡った先にあるVan Cortland
Park駅から、7th Ave.に沿って真っ直ぐに南下、マンハッタン島の南端、自由の女神像があるLiberty島へのフェリーが発着するSouth Ferry駅まで。

「2」系統は、ブロンクスの北のWakefield駅から南下し、103 St.駅で「1」系統に合流、マンハッタンを縦断してグラウンド・ゼロの北にあるChambers St.駅から東に分岐してイースト・リバーを渡り、ブルックリンのFlatbush Brooklyn College駅が終点。

「3」系統は、マンハッタン島ハーレム・146St.駅を発ち、すぐ南の135 St.駅で「2」系統と合流、マンハッタン島南東でイースト・リバーを渡ってブルックリンのFranklin Ave.駅で分岐し、New Lots Ave.駅が終点である。

細長いマンハッタン島での南北の移動は、とにかく地下鉄が便利と言われる。
タイムズスクェア・42 St.駅から、ホテル・ペンシルバニアの最寄りの34 St.・ペン駅(ペンシルバニア駅はPENN Stationという愛称で呼ばれている)へ戻るために、たった1駅だけれども、名にしおうニューヨーク地下鉄の見聞がてら、乗ってみようと思い立った。

ニューヨークの地下鉄で驚いたのは、とにかく浅い、ということだった。
ビル1階分くらいの階段を降りれば、もう、そこはホームなのである。
通りを歩いていて、路肩にあいた排水溝のような穴からゴーッという音が聞こえてきて驚いたことがあったけれども、ニューヨークの地下鉄は、地面のわずか数メートル下に掘られているのである。
地震がなく、地盤が強固なマンハッタン島ならではの造りだと思う。
いくつもエスカレーターを使って地中深く降りていく日本の地下鉄と違って、バスと変わらない大変手軽な印象である。

映画「七年目の浮気」で、通風口の上にいるマリリン・モンローのスカートがめくれる有名なシーンは、考えてみれば日本の地下鉄ではあり得ないわけで、地表直下を地下鉄が走るニューヨークならではの名場面と言えよう。

†ごんたのつれづれ旅日記†

南北に延びている地下鉄路線は、北行きはUptown、南行きはDowntownと表示される。
同じ駅でもUptownとDowntownで入口が異なることが少なくないので、階段を降りる前にDowntownであることをよく確かめた。

階段を降りると、踊り場のようになっている狭い敷地が改札口で、横に自販機が置かれており、そこでMetro Cardを購入した。
Metor Cardは地下鉄とバス共通のプリペイド・カードで、1回の乗車分2.5ドルだけを購入するSingle Rideという買い方もできれば、4.5ドルから80ドルの範囲内で好きな金額分を購入するPay-Per-Rideと呼ばれるプリペイド・カード、または乗り放題のUnlimited Ride(7日間で29ドル、30日で104ドル)というカードもある。

$†ごんたのつれづれ旅日記†-1359500646074.jpg

僕は10ドル分のPay-Per-Rideを購入し、改札に向かった。
改札と言っても、駅員がいるわけではない。
日本の自動改札を簡便化したような、遊園地の出入り口でよく見かけるターン・スティール付きの機械にMetro Cardを通し、回転式のバーを太ももで押すように回して入っていく。
不正乗車ができないよう、入口以外は檻のような金属製の柵で厳重に覆われている。

$†ごんたのつれづれ旅日記†

カードを購入している僕の後ろを中年の男女2人組が通り過ぎた。
コートを着込んだビジネスマン風の男性が、ポケットから取り出したMetro Cardだけを改札に通し、女性に向き直って、どうぞお先に、というようにおどけた大袈裟な仕草をして入場させ、それから同じCardを再び通して自らも入場していくのを見かけた。
2人の振る舞いが映画の一幕を見ているような光景で微笑ましく、なるほど、複数の人間が1枚のMetro Cardで入場してもいいのか、と感心してしまった。

改札を通れば、目の前はもうホームである。
ニューヨークの地下鉄といえば犯罪、という思い込みがあったから、少しく緊張していたけれども、階段や改札で人気が少なくて寂しげな雰囲気である以外は、ホームの人影も多く、それぞれ談笑したり、むっつりと黙り込んで宙を見つめていたり、東京の地下鉄と何ら変わりはない光景だった。
ワシントンの地下鉄よりはずっと照明も明るい。

$†ごんたのつれづれ旅日記†

アナウンスやチャイムなどの放送はいっさいなかったけれど、間もなく、ホームの先にぽっかりと口をあけたトンネルの彼方から轟音が近づいてきて、無骨な格好の電車が顔を出し、激しくブレーキをきしませながら目の前に停車した。

車内は大変な混雑で、通路にもぎっしりと人が立っている。
座席は、日本と同じく窓に背を向けるロングシートだけれど、日本のような布張りがしてあるわけではなく、硬いプラスチック製で、まるで公園のベンチみたいである。
発車の衝撃や加速などの運転ぶりは、日本の地下鉄よりもかなり荒っぽい印象だった。
いや、日本の電車が、スムーズに動き過ぎなのか?
耳をつんざく車輪の走行音や、ポイントや連結器が発する金属音などの騒音もかなり大きくて、流れてくるアナウンスが全く聞こえない。

ニューヨークの地下鉄は、同市の都市交通局(New York City Transit Authority) によって運営され、総延長は1,056km、468の駅を抱えて、合衆国でも最大規模を誇る。
東京の地下鉄網の総延長が300km程度(東京メトロが195km、都営が109km)であることからも、ニューヨークの地下鉄網の巨大さがよくわかる。

1904年、都市高速交通会社(Interborough Rapid Transit Company)が最初の地下鉄路線を開業したのが、ニューヨークの地下鉄の始まりである。
1913年には、ブルックリン高速交通(Brooklyn Rapid Transit)も、別の地下鉄建設を開始、この2社に競わせる形で市内の地下鉄の建設が推進されたという。
ニューヨーク市も独自に独立地下鉄網(Independent Subway System)を1932年に開業させた。
20世紀初頭から中期にかけて、3つの鉄道会社が、地下鉄と高架鉄道を中心とする市内路線を拡大していったが、高架鉄道は1871年に最初の路線が開業したものの、地下鉄の整備が進むにつれて廃止が進み、マンハッタン島では1956年に全廃された。
1940年にニューヨーク市は両社を買収、1つの鉄道網を構築することになった。

以後、ニューヨーク市地下鉄は、24時間運行や複々線による急行運転で高い評価を受けてきたが、1970年代からは施設の老朽化・車両へのスプレー落書き・車内及び駅での凶悪犯罪行為が目立つようになってしまい、メディアを通じ国内外に広く知れ渡る悪評ばかりが聞かれるようになった。
1980年代中盤以降は、駅のリニューアル工事・ステンレス車両の導入・警備体制の強化が行われ、犯罪や落書きは減少し、ある程度の評価を取り戻したという。

しかし、未だに他の都市に比べれば、駅や電車の不衛生さ、ダイヤの乱れがちなこと、また職員の接客態度の悪さなどの課題が少なからず残っていると言われている。

───というか、職員の姿など、どこにも見かけないのであるが。

しかし、こうして実際にニューヨーク市地下鉄に乗っていれば、気をつけなければならないのはスリ程度かと思われたし、女性客や家族連れの数も多く、乗る前の緊張などは取り越し苦労であったかのような気がした。
東京の地下鉄に比べて、笑顔でお喋りしている人々が多いように感じて、いつしか、僕の緊張もほぐれていった。

真っ暗な窓外を櫛の歯を引くようにトンネルの支柱が流れ、なかなか勇ましい走りっぷりである。
地下鉄という乗り物は、音や揺れ具合からかなりのスピードのように感じても、実は時速60km程度を出しているかいないか、といった鈍足であることが少なくないのだけれど。

支柱の向こうに煌々と輝く駅の明かりも、あっという間に後ろへ飛び去って───。

え?

駅が過ぎていく?

僕が降りる34 St.・ペン駅って、隣りじゃなかったっけ?

それとも、ペン駅までの間に、他に駅があったのだろうか?

僕は、7th Ave.を走る地下鉄に乗れば、何の問題もなく目的地に着くとばかり思っていたから、少しばかり下調べを怠っていた。
タイムズスクェア・42 St.駅と34 St.・ペン駅は隣りだとばかり思っていたけれど、途中に駅があるのかないのか自信がなくなるほど不勉強だった。
満員の車内では、恥ずかしくてガイドブックも取り出せない。

隣り駅、というのは勘違いで、ホテルからポートオーソリティ・バスターミナルまでだいぶ歩いたから、もしかしたら2駅分くらいあったのかも……

と、脇の下に汗をかきながらも楽観的な見方をしていたけれど、次の駅も全く速度を落とさずに通過した時には、乗り間違いは決定的となった。

ニューヨークの地下鉄の平均駅間距離は、約600mと言われている。
いくら何でも、3駅分も歩いたわけがないのだ。

種を明かせば、7th Ave.を走る地下鉄3系統のうち、「1」系統は各駅停車だが、「2」・「3」系統は急行運転だった。
「1」系統の正式名称は「Broadway/7 Ave. Local」。
「2」・「3」系統は「7 Ave. Express」。
僕は、まさか急行運転があるとは知らず、「2」または「3」系統の電車に乗ってしまったのだ。
ニューヨークの地下鉄は、急行の本数の方が多く、各駅停車は従の役割だと言われているらしい。

それにしても、AmtrackやNJ Transitといった郊外への鉄道が発着するペンシルバニア駅を通過する急行運転とは、夢にも思わなかった。

いや、僕は、間抜けなことに、更に大きな勘違いをしていた。

主要駅であるペン駅を通過する急行運転なんてあり得ない。
後になって地下鉄案内図をよく見直してみれば、34 St.ペン駅は急行停車駅になっている。

いったいどういうことなのか?

34 St.・ペン駅は、ペンシルバニア駅やホテル・ペンシルバニアより少し北寄りに位置している。
僕は、ポートオーソリティ・バスターミナルを出て40th St.を7th Ave.との交差点まで歩いてから地下鉄駅に潜り込んだのだが、どうやらその駅は、40th St.より少しばかり北側にあるタイムズスクェア・42th St.駅ではなく、南側に位置する34 St.・ペン駅だった可能性が高い。

何のことはない、地下鉄でペン駅に行こうとして、ペン駅から地下鉄に乗ってしまったというわけである。

しかも、御丁寧に急行に乗ってしまい、次の駅ですぐに引き返すこともできなくなっている、というお粗末だった。

新宿駅に行こうと新宿三丁目駅から乗ったつもりが、実は新宿駅から八王子方面の急行電車に乗ってしまった、というようなアホさ加減だ。
多分に疲労困憊し、知らない街で慣れない言語と交通網に翻弄されたとはいえ、何をやっていたのかと思う。

こんな失敗、生まれて初めてである。

妻と一緒じゃなくて、本当に良かった。

通過したのは、34 St.ペン駅の次の28 St.駅……そして23 St.駅……うわあ、18 St.駅も止まらない……

7th Ave.をひたすら南下する路線だから、交差するStreetがそのまま駅名になっている。

どこまで連れて行かれてしまうのだろう?
このような乗り間違いで、それっきり行方不明になってしまう人もいるのではないだろうか。
いつまでもホテルに戻らない僕を案じて、妻が警察に届け出るとしても、捜索の中心はポートオーソリティ・バスターミナルになってしまうことであろう。
名にしおう犯罪多発地域でもあることだし。
しかし、僕は、正反対のマンハッタン島の南をさまよっているというわけか、と、半分冗談ではあるが、妄想した。

その時の僕は、「1」系統の終点がマンハッタン島の最南端に位置するSouth Ferry駅である
ことしか知らなかったから、最悪でもそこまで連れて行かれるだけ、たかだか数kmの話さ、とたかをくくっていた。

まさか「2」系統や「3」系統の急行がマンハッタン島を出てブルックリンまで行くとは、幸いにして、知らぬが仏である。
しっかり調べていれば、どこまで連れて行かれるのだろうという心細さは倍増していたことだろう。
いや、知識があったなら、そもそもこんなポカはしなかったわけだが。

$†ごんたのつれづれ旅日記†

ようやく電車が停車したのは、14 St.駅だった。

下車したときに撮影した上の写真をよく見れば、僕は「2」系統に乗ったことが判明した。

ホームを出る改札のターン・スティール・バーは、なんと背の高さになっていて、全身で押して出る必要があった。
両脇を固める柵も厳重で、まるで監獄にいる気分だ。
どうして入口以上に厳重な柵の構造にしているのだろうか。

$†ごんたのつれづれ旅日記†

重い足をひきずって階段を昇り、地上に出ると、容赦なく冷たい風が吹きつけてきた。

7th Ave.と14th St.の交差点付近は、ペンシルバニア駅周辺とは全然違った雰囲気で、異国風のこぢんまりとした店が軒を並べている。
店を丁寧に覗いて回ったわけではないけれど、どことなく北欧風に思える瀟洒なたたずまいに、思わず魅せられてしまう。
ネオンやどぎつい看板は見当たらず、木枯らしに揺れる並木の多い、ホッとする街並みだった。

ニューヨークの魅力は、目まぐるしく入れ替わる新しさの中にも、どこか古風で味わい深い街並みや営みを混然と残しているところなのだと思う。

南側には、Greenwich Ave.が斜めに7th Ave.と交差しているから交通量は多いけれど、クラクションは滅多に聞こえない。
Greenwich Ave.の向かい側に、スターバックスが見えた。
その隣りには、半世紀以上の歴史を持つ名門ジャズクラブ「ヴィレッジヴァンガード」が建つ。
地図を見れば、チェルシー地区も近いらしい。
いい街じゃないか、と思った。

$†ごんたのつれづれ旅日記†

$†ごんたのつれづれ旅日記†

$†ごんたのつれづれ旅日記†

通りに挟まれた三角州に建つ地下鉄14 St.駅の出入り口(Control Houseと呼ぶらしい)は、西部の開拓時代を思わせるログハウス風で、Uptown・Downtown共通だったから、そのまま地下へきびすを返して各停「1」系統のUptownに乗ればいいのだけれど、ふと、僕は、なんとなく立ち去りがたい思いにかられた。

今回の旅行で全く来るはずではなかった、思いもかけない場所に、ひょんなことから、僕は1人で立っている。
目的があって来たわけではないから、現実と何の接点も持てない根無し草になったような心細さが胸中からなかなか消えなかったのだけれど。

名所・旧跡が近いわけではないから、僕がこの場所に来ることは、もう二度とないだろう。
まさに、僕にとって、この街は一期一会───まさに、それこそ旅の醍醐味ではないだろうか?

地下鉄の乗り間違いから、思いがけずめぐり逢った街並み。

この街に住み、働き、通り過ぎていく人々の人生は、僕が訪れようと訪れまいと、変わらず紡がれていく。
僕は、そんな人々の生活の舞台に迷い込んだ異邦人に過ぎない。

賑やかな街並みで感じる孤独感が、せつなく、しかしどこか甘酸っぱく胸にこみ上げてくる、黄昏間近の7th Ave.と14th St.の交差点だった。

$†ごんたのつれづれ旅日記†


↑よろしければclickをお願いします m(__)m