ニューヨーク点描 第15章 ~「Lindy's」のアメリカ家庭料理~ | ごんたのつれづれ旅日記

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バスや鉄道を主体にした紀行を『のりもの風土記』として地域別、年代別にまとめ始めています。
話の脱線も多いのですが、乗り物の脱線・脱輪ではないので御容赦いただきまして、御一緒に紙上旅行に出かけませんか。

列車種別を間違えて図らずも降り立った、ニューヨークの地下鉄「7 Avenue線」14 Street駅から、Uptownに乗ってホテルに戻るべく、僕は、再度地下駅に潜り込んだ。
今度乗るのは各停でも急行でもいい訳だが、「1」系統の各駅停車がちょうどやってきて、3つの駅に停車し、4つ目が32 St.・PENN駅だった。

賑わうペンシルバニア駅のコンコースを通って、見覚えのある地上の街並みに出た時には、正直、ホッとした。
1晩宿泊しただけだけれど、ひっきりなしに鳴り響くイエロー・キャブのクラクションや、ペンシルバニア駅とマディソンスクェア・ガーデンを出入りする多くの人々、間を置かずに発着する長距離バスなどの光景が、妙に懐かしく思えてくる。
そして、駅の階段を昇れば、正面にどっしりと構える古風で大柄なホテル・ペンシルバニアの建物が目に入る。

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回転ドアをくぐり抜け、ごった返しているフロント・ロビーからエレベーターで8階に昇り、ドアが並ぶ絨毯敷きの長い廊下を歩く。
疲れていたから、部屋まで歩くことすら間怠っこしかった。
それでも、廊下の最も奥の突き当たりにある820A号室のドアを開ければ、灯りが消えて暗い部屋の中に妻の寝息が聞こえて、我が家に帰って来たような錯覚に陥ったものだった。
長い長い波瀾万丈の旅を終えたオデュッセウスも、このような安堵感に浸ったのではないだろうか。
古くさいけれど、何となく家庭的で暖かみのある部屋の造りや雰囲気が、そのように感じさせるのかもしれない。

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木製の重々しくがっしりした部屋のドアには「This original and historic Valet Door was created here in 1919」と書かれた金属板が貼られている。
「Valet Door」の意味がわからない。
Valetは従者・召使いといった意味だが、ドアメーカーの名前だろうか?
それにしても、1919年から使われているドアとは、ホテル・ペンシルバニアの歴史を感じさせる。

間もなく妻が起きてきて、僕のポートオーソリティ・バスターミナルから地下鉄に至る間抜けな大冒険の話を、ひとしきり笑い転げながら聞いた後に、

「夕食、どうする?」

と聞いてきた。

どこかへディナーに出かける、というのも一興で、いくつか評判のいい店をチェックしておいた。
ガイドブックを読めば、豪華だったり美味しそうなのだが、東京でも食べられそうな料理がほとんどのように思えた。
たいていの高級料理店は予約が必要で、面と向かってさえ英会話に不自由する語学能力なのに、電話で席をリザーブするなんてとてもとても……と、内心、恐れをなしている僕なのであった。

それに、2人とも、外へ出かけるのが何となく億劫になっていた。

そこで、ホテルのロビーから直接入れるレストラン「Lindy's」で、夕食を食べることにした。

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「Lindy's」は7th Ave.側にも出入り口を持っていて、そこには「COCKTAILS BAR」「WORLD'S FAMOUS CHEESE CAKE」という看板が掲げられている。

隣りは、朝に立ち寄ったハンバーガー屋さんである。

「Lindy's」は、マンハッタンの7th Ave・53rd St.と、ホテル・ペンシルバニアにつながる7th Ave・32nd St.に2店舗を営業するデリカテッセンおよびレストラン、と英語版Wikipediaに書かれている。
その歴史は古く、1921年にブロードウェー沿いの49th Ave.と50th Ave.の間への出店が起源である。
続く2店舗目も、ブロードウェーの別の場所で開業した。


しかし、オリジナルの「Lindy's」は、1957年に閉店してしまった。
1969年には、2店舗目も別のレストランに買収され、ステーキハウスになってしまったと伝えられている。

現在の「Lindy's」は「New York City restaurant operator the Riese Organization」によって1979年に再建されたものである。

ミュージカル監督のデーモン・ラニョンが「Lindy's」の大ファンとして知られ、「Mindy's」と言う店名で、彼の1955年のブロードウェイ・ミュージカル「野郎どもと女たち(Guys and Dolls)」の脚本に登場させたという。
同年に映画化された作品の中では、マーロン・ブランドやフランク・シナトラ、ジーン・シモンズが歌い上げた劇中歌の1つにも取り上げられ、「Lindy's」の名前は不朽のものとなった。
店が出すオリジナルのチーズケーキが賞賛の的となり、アメリカで最も有名なチーズケーキと言われている。

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俳優業からテレビ界に進出し、1950年代から1980年代に「ミスター・テレビジョン」と呼ばれたミルトン・バールも、夜ごとに「Lindy's」に通ったという。
ユダヤ人のマフィア、アーノルド・ローススティーンは、彼の「オフィス」として「Lindy's」を使い、護衛に囲まれて店内の一角を占めながら、外部のビジネスを指揮したらしい。

お店に足を踏み入れると大変な賑わいぶりで、ウエイターやウエイトレスが忙しそうに走り回り、どうにか2席を確保することができた。

HPに掲載されているメニューは、

・Crispy Fried Chicken southern fried and served with whipped potatoes topped with home style gravy.

・Yankee Pot Roast Dinner old fashioned pot roast topped with homestyle gravy, whipped potatoes and vegetable of the day.

・Home Style Meat Loaf served with whipped potatoes and topped with home style gravy and vegetable of the day

・Fisherman Platter crisp assortment of seafood served with our famous french fries and tartar sauce

・Grilled Knockwurst Plate two grilled beef knockwurst served on toasted country white bread with sweet red cabbage and french fries

・Stuffed Cabbage generously filled with ground beef and rice served with mashed potatoes and gravy

・Herb Grilled Chicken Breast herb grilled served with whipped potatoes, topped with home style gravy and vegetable of the day

・1/2 Roasted Chicken rotisserie style served with french fries and vegetables

メニューには写真がなく、不自由な英語から料理をイメージするのは、なかなか難しいものだと思い知った。
2人でメニューとにらめっこして、迷った挙げ句に注文したのは、「Yankee Pot Roast Dinner old fashioned pot roast topped with homestyle gravy, whipped potatoes and vegetable of the day」、つまりはローストビーフステーキのセットである。

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大声で談笑する様々な顔貌のお客さんたちを眺めながら、ワクワクした気持ちでしばらく待つうちに、まずは焼きたてのパンが山盛りの皿が出された。
ホカホカのパンにバターを塗り、少しずつつまんでいる間に、こんがりと焼き上げられ、編み目がついたステーキと、マッシュポテト、温野菜が、大きな皿にはみ出しそうな勢いでごっそりと盛られて、テーブルに置かれた。
妻が目を輝かせる。

「うわあ、すごい!……Thank You!」
「Enjoy!」

と、美人のウエイトレスさんがニッコリした。

お肉はミディアムで頼んだのだが、ナイフでなかなか切れないほどの固さだった。
ギザギザがついたナイフで懸命に切ろうとしても、なかなか口に合うサイズにするのがひと苦労なのである。
口の中で噛み切るのも、これまた大仕事で、顎が疲れてしまうほどだった。
しかし、大柄な味ながら、ジューシーで、ボリュームがあって、大いに食べでがあった。

妻はローストビーフを食べきれず、僕の皿に余りを分けたほどだった。
その妻が、

「これ、美味しい!」

と顔をほころばせて、お替わりが欲しそうな勢いだったのは、マッシュポテトであった。

ジャガイモの皮を剥き、薄切りにして、鍋にジャガイモが浸るまで水を張って、柔らかくなるまで煮こむ。
ジャガイモが煮えたら熱いうちに裏ごし。
再度、鍋に戻して、牛乳と生クリームを加えながら火にかけ、もったりするまでよく練りこんでから火を止める。
バターを加えて、よく混ぜてから、塩胡椒を加えて出来上がり。

というのが、後に調べたマッシュポテトのレシピだが、「Lindy's」のマッシュポテトは、掛け値なしに絶品だった。
かかっているソースが何かはわからなかったけれど、マスタードの味が混ざっていたような気がする。

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受け皿にこぼれるほど、なみなみとつがれた食後のコーヒーが出てくる頃には、妻も僕も充分に満腹だった。
そして、「Lindy's」の歴史を物語るチーズケーキの、フワフワして口の中でとろけるような美味しさは、どのように形容したらいいのだろうか。

このレストランがホテル・ペンシルバニアの建物で営業していることは、本当にラッキーだったと思う。


肉料理とマッシュポテトの盛り合わせは、開拓時代から、新世界に住む人々の胃袋を満たしてきた、まさにアメリカの家庭料理そのものだと聞く。
決して上品な料理とは言えないかもしれない。
それでも、僕らにとっては、これぞアメリカの夕食!という実感を心ゆくまで味わえた、ニューヨークの第2夜だった。

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