お久しぶりです。

 

何度も同じことを書いていますが、ブログ更新は怠っていますが、稽古は毎週、気の合う、そして求道心のある仲間と続けています。

 

今日は私の稽古会で色々試したことを書きたいと思います。

私の会では中国武術を習っているKさん、江上空手を稽古しているYさん、原田先生の空手を研究している私の三人が各々の突きや打撃に関してこだわりを持った上で意見交流しつつ稽古しています。

 

互いに共通する部分と異なる部分を尊重しつつ交流していますが、今日は三人の打撃を受けた時の感触の違いを記したいと思います。

 

後輩にあたるE君にミットやクッションを持ってもらい中庸以下の力加減で突くと、共通している点はE君が突きによって後ろに崩されることと、一種の貫通力のような衝撃を感じるところです。

 

しかし、面白いことに当たった時の感触は、Kさんのそれは太い丸太で突いたような衝撃、Yさんのそれは当たった瞬間にバン!と弾ける感じ、私のそれは先端が鋭利な棒で突いた感覚と三者三様の違いがあります。

 

後ろに崩す力はKさんのそれが強く、Yさんのそれは後ろに弾く感じで私のそれは力が後方に抜ける感じだそうで、後ろに崩す力は二人ほど強くはありませんが、その分ものすごく不快な感触が残るそうです(苦笑)

 

かつての稽古仲間であるシステマの北川君とは三人ともに随分長いこと一緒に稽古する機会はありませんが、面白いことに彼のパンチの解説動画に於ける拳の握り方は私たち三人の打撃とも共通点があります。

 

何年も前ではありますが、私が受けた北川君のパンチはYさんの突きが当たった瞬間の弾ける感覚と良く似た感触でした。

彼も含めて四人とも別々の流儀・会派に進んでいるにも関わらず、打撃に関して共通項のあることに不思議な縁を感じます。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

原田満典先生がお亡くなりになり、早くも二年の月日が流れました。

 

私が最後にお会いした時もその後もお元気に過ごされていましたが、コロナで在宅を余儀なくされたことが体調を崩す原因だったのでは?と言う話を聞いています。

 

原田先生は江上茂が体を壊す以前に江上の指導を受け、その突きと払いを会得した私の知る限り唯一の先生であり、青木宏之先生及び楽天会の影響を受ける以前の江上空手を指導されている先生でした。

 

原田先生の空手を研究する以前は新体道つまり青木宏之先生の空手を稽古していましたが、原田先生との出会いにより、その後の稽古、稽古の見え方、稽古方法の全てが変わりました。

 

私は原田先生に何度かお会いした折に何時間にもわたりさまざまなお話を聞かせて頂き稽古も拝見させて頂きましたが、実際に手を取って頂いたのは一度だけでそれもホンの一瞬でした。

 

原田先生の空手は原田先生から紹介されたベルナルド先生からその基礎的な部分を教わり後は独学と言って等しいです。

以前も書いた通り原田先生の空手を研究していることは先生からも認めていただきましたが、もし弟子か?と聞かれたらおこがましくてとても弟子とは言えず、たくさんいる生徒の一人でしかありません。

 

それでも先生のお陰で自分の会を主宰するようになり、それ以前とは比べられないほど稽古を進めることが出来ています。

最後にお会いした時も稽古が楽しくなってしかたなかったこと、それまでが嘘のように色々進展したお礼はしましたが、それから後も毎回楽しく稽古を続けられていることを先生に伝えられないことが残念です。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

随分長い間更新を怠っていましたが、稽古は毎週続けていました。

 

今日は何について書こうかと考えていましたら丁度一年前に(続)型の話 と言うのを書いていましたので、その後の型に対する考え方の進展と言ったものについて書いてみたいと思います。

 

この一年の間も江上流空手を学ばれているIさんや元新体道指導員のSさん、空気投げ研究家の田島君と様々研究を重ねて来ました。

最近であると田島君と柔道五の型の研究を行い一定の成果を出した自負があります。

 

この五の型に関して言うとネット上を散見するに「この型は何の為に行うか、何を学ぶか、学べるか」と言う明確な答えはないようでしたので、そこを明確に示し得るだけの内容の研究を進めています。

 

その時に一番大事なのは受けがどの様に受けを取るかとなりますが、受けがあまりに頑迷な受け方をしても腑抜けた受け方をしても何も学ぶ術がなくなるからです。

一方、そうした限定的な条件の上で型の手順・動作は極力変えることは本来型が示そうとしていた理論から外れる可能性があります。

 

仮に頑迷な受けを崩せたとしても本来の理論から外れるとしたら何の意味もありませんが、五つ型の様に型の術理が明確に実技と記述で表されることの無くなった型は諸々の記述から術理の方向性を想定することとなるので何処まで行っても、残された手順や記述を元とした私論となります。

空手の型も似たところがありますが、動作手順を単純な突き蹴りと捉えるのとそうでないのではかなり解釈に違いが出て来ます。

 

一例を挙げると、例えば鉄騎の鍵突き動作ですが、あの動作を突きであると捉え、その威力なりを腰の回転や僅かな姿勢の変化による体重を乗せた腕の振りとした場合、正面に受けを立たせ同じ動作で受けを横方向に払い退けることは全くと言って良いほど出来ません。

しかし、安定した騎馬太刀維持し、手順通りに鍵”突き”と言われている形に腕を振るならば受けを簡単に払い退けることが可能です。

 

他にも十手で両腕を揚げて反転する動作や燕飛で上段突きから後方への下段払いのような動作なども、これを打撃攻防の一場面と考えるのと、崩しや投げの一場面と考え手解きを構築するのでは学ぶ内容が丸っ切りことなってしまいます。

個人的には後者の解釈の方が型の手順そのままで手解きが成り立つ為そうした稽古を続けています。

 

 

 

 

たいへんご無沙汰しています。

 

このブログを読んでいらっしゃる方が何人いるのか分かりませんが、前回から10ヶ月近く更新が滞り申し訳ありませんでした。

最低でも月一程度は更新したいと思っていましたがブログのことはすっかり忘れていました(^_^;)

 

もちろん稽古は毎週続けており、今年に入り学生の頃に全空連の選手として鍛えた経験のある方も稽古会に参加されるようになったりして稽古の幅も広がったと思っています。

 

独自になってしまいましたが型の研究、組手はなかなか出来ませんが基本の一本組手、空気投げ研究家の田島君との主に崩しの研究、そして井桁術理を基盤とした素振りの指導を継続して行い少しずつですが成果が出て来ていると感じています。

 

先週の稽古では田島君と講道館に伝わる投げの型に関してなかなか良い研究と術理仮説が建てられたと感じています。

それらも含めて何時か動画などで発表出来たら面白いと考えています。

以前、「型(形)の話」と言うタイトルをアップしましたが、今回はその続編とでも言う内容です。

 

私は「型の繰り返し」と言う記事の中に「以前は型の動作を繰り返し、その中から原理を導こうとしていたのに対し、現在は原理を理解した上で、それを定着させる為、原理原則に沿って型を繰り返す」と書きましたが、これは私自身の型の取り組み方には手順はあっても彼我との間に現れる術理は含まれてはいないと言うことを指します。

ベルナルド先生からも「型は教育ではあるが、戦術は別」との指導を受けていますが、その教えとかけ離れてはいない考え方だと思います。

 

空手の型は「体操であり身体を練る為にある」と考えた方が明快だと言うことですが、初めは構えも何も取れませんから自分なりの解釈を入れる余地などあり得ません。

しかし、流儀や会派の原理原則を構えの中に保ち取り組める様になった後は様々な状況に合わせた解釈を想定し身体感覚を拓いて行くべきだと考えています。

 

そうなると同じ手順と構えを持っていても個人個人で捉え方が異なる型が出来上がり、場合によっては外観上も異って見えるケースが出て来ます。

私が研究稽古している空手は江上茂の系譜ですが、私の知る限り江上茂の系譜は型に対する統一した見解と言うものがなく、会派や指導の先生によって捉え方も解釈も厳密に一致しているようには感じられません。

 

それは上記のような理由でそうなるのではないかと考えていますが、会派によっては構えそのものの原理原則自体も異なっていますから、江上を原点とはしているものの既に別流儀となってしまっていると考えることも可能だと思っています。

 

 

公開 2022/4/8

昨年から木刀を使った稽古の時間が増えましたが、武術の稽古を始めた後の数年間とある剣術流儀に所属し剣術の稽古をしていた経験と甲野先生の井桁術理研究が活きています。

 

体術の稽古者で剣術に興味を持ち稽古に取り入れている方は多いようですが、著名な先生の中にも首を傾げるような剣の振り方をしている方もいますので、本気で稽古に取り入れたいのであれば、やはり一度は剣術の先生に就いて学ぶことを勧めます。

 

元々体術のみの体系であるにも関わらず木刀を使って稽古しているところもあるようですが、殆どは元々の流儀・会派の身体の使い方を木刀を媒体にして学んでいるだけであり、剣術とは似て異なるものと考えた方が良いでしょう。

 

随分と偉そうに書いてしまいましたが、剣術それも斬りの体捌きは本当に難しいもので私もとても満足する動きは出来ていません。

体術系だけしか経験ない者が、剣術の素振りなどを見よう見真似で稽古の糧とするのは相当に難しいと言うのが正しい認識だと思っています。

昨日の稽古で某江上空手の会派に所属するE先輩と型ついて意見交流したのですが、その時に話題に出したのが1960年頃に沖縄で撮影された岩鶴(チントウ)、鉄騎(ナイハンチ)を演じている動画(20:30〜)でした。

これらの動画で見られる演舞は船越義珍の晩年に撮影されたフィルムとは異なり、船越義珍の著書に掲載されている50代半ば頃に撮影された写真の構えと良く似てます。

 

ちなみに江上茂がモデルを務めた「空手道教範」では船越の晩年の構えに近くなっていますが、船越は息子の義豪と協議の上で諸々の構えを改めたと江上の著書でも触れられてますし、江上はその義豪との関係が深かったことから、基本的には改変後の型や構えをとっている考えるのが自然ではないかと思います。

 

松濤系の古伝の型と言うことになりますと、以前も紹介したことがある慶應大学空手部伝来の型がありますが、船越義珍門下の古参である小畑功の演ずる型が以下の動画で見ることが出来ます。

 

RARE HISTORIC Shotokan Karate Video - Isao Obata, Keio University 1974

RARE HISTORIC Shotokan Karate Video - Keio University 1974

 

実は小畑功が演ずる型はこの動画で初めて見ましたが、なかなかに興味深いもので、印象としては改変前と改変後の中間の趣とでも言うことが出来るのではないか?と思います。

 

私は以前このブログにも書いたように自由に型を研究していますので、こうした型の動画からインスピレーションを得ることも多いです。

 

 

【過去の型に関する取り組みは以下参照】

 

型の復習

型の解釈

古伝の型

型研究の進捗状況

松濤二十三種の型

DVD「船越義珍の空手」

公相君の動画

 

 

 

 

既に鏡開きとなってしまいましたが、あけましておめでとうございます。

先週末、松濤會某会派のE先輩、空気投げ研究家の田島君、J君の四人での稽古初めでした。

本年最初の稽古は昨年来取り上げることの多かった軸の立て方からスタートでしたが、E先輩の下段払いを軸の落とし、沈みを使って説明には「なるほど」と感じるところがありました。


Eさんの下段払いは払いを上下の動きと合成して受けを崩しますが、私のそれは前後の動きに払いを合成して受けを崩すとも言えます。
もちろんEさんも前後の動きがありますし、私も上下の動きはあるのですが、感覚的な比重の違いと言うところはあるように感じました。

その話の流れで実際に一本組手の形で田島君に突いてもらい違いを示しましたが、田島君は柔道で培った体力と甲野先生の会で培った身体操法が混ざった相当な威力の突きを放って来ます。
J君の突きなら真後ろにひしゃげさすように崩せますが、私に田島君への苦手意識があるのでしょう、勢いをはね返せず真横に逸らす形の崩しとなってしまいます。

 

彼の突きを止めること自体は後屈立ち手刀受けで出来でしまう為か、逆に突きを少し待ってしまうところがあるようですが、そう言うやり方だと貫通力が働ききらない為か、アザが出来るほどではないですが腕と腕がぶつかる感覚があります。

 

年明けから自分の問題点が何処にあるのか知らしめる稽古となりました。


 

ここ何回かの稽古では某系統の松濤會空手を学ばれているDさんと意見交換することが多いのですが、このところの稽古では軸の感覚を利用すると言う話が多く聞かれました。

 

これは一本組手における腰まで崩す下段払いやより貫通力のある突きのヒントとなります。

具体的には肉体的な身体の使い方の理解に加え、僅かな軸の変化で仕掛けることにより、より大きな崩しを得られます。
 

これは井桁における軸の理解と基本的に変わりはないところですが、原田満典先生から直接お聞きしたところの”一瞬で極める”為のヒントとも言えますし、前田英樹先生が著書で述べられている新陰流の術理を彷彿させるところでもあります。

 

要点としては内観的には1cmでも良いので正面に対し真っ直ぐに前へ出ることですが、これを腰や腹(丹田)などで動くと表現することも出来なくはありません。

しかし、そうした表現ではあまりに曖昧過ぎる為、体得へ至らないことの方が多いように思えます。

 

その意味では、前回のブログでふれた素振りなどの素養が理解の為の必須になるかな?とは感じています。

夏からブログの更新を怠っていましたが、その間も変わらず毎週稽古に取り組んで来ました。

 

今年の春先から以降は空手以外に井桁術理を意識した木刀の素振りや体捌きに稽古時間の多くを費やした気がします。

 

これは空気投げ研究家の田島君のリクエストが発端ですが、九十年代後半の恵比寿稽古会で一緒に稽古したEDさんやWさんが稽古に来て下さる機会が増えたことも影響していると思います。

 

私は井桁術理共同開発者の永野順一さんとその仲間の方々が松聲館から分派した直後の90年代後期から2000年代前半の甲野善紀先生の都内稽古会にはほぼ全てに参加していましたが、少なくともその時期に私が参加した稽古会で井桁術理を理解、実践出来ている稽古者は一人もいませんでした。

 

当時は甲野先生自身が井桁術理の先に進まれており、より厳しい受けを望んでいた為か稽古者の多くは右に倣え、方法はともかく抵抗する受けを崩せば技が出来た、理論を理解したとみなすような風潮があり、術理理解の欠如や手解きの状況設定の曖昧さがありました。

数量学者の高橋洋一氏が以下のように述べています


「論理学。学生時代、「前提 P が偽ならば,帰結 Q の真偽にかかわらず全体の命題 P→Q は真」に対し、マルクス資本論を例として、前提として労働価値説をとっているので、どんな結論を導いてもいかさまがバレないとのレポートを書いた。間違った前提からはウソでも言いたい放題になる」

当時の稽古会に当てはめれば『前提(理解や稽古設定)が適当だったので、技でも何でもないものでも技と言えていた』状況でした。
「井桁術理」とおよそかけ離れた動作で受けを崩し「これが井桁術理だ」と自慢げに解説する稽古者を何人も見ましたが、当時は甲野先生と数人を除けばその程度の稽古者しかいなかった印象です。

 

私自身もそんな中の一人でしかありませんでしたが、前述の先輩方から認識の低さを指摘され、徐々にきちんとした稽古の積み重ねが出来るようにはなって行ったとは思っています。

 

田島君は2000年代以降に稽古を始めていますから、知識としては井桁術理を知ってはいても、その為の稽古を積み重ねていません。

ですので、その下地作りの意味でも木刀の素振りは重要なのですが、そもそもそれが様になるまでのハードルが高い。

私自身も今回久しぶりに素振りを再開し、かつて毎日素振りしていた頃の感覚をやっと思い出したのですが、昔より身体の歪みが相当に改善されたことや術理の理解が進んだことなど以前よりも随分マシになっているにも関わらず難しいことに変わりはありません。

ただ改めてそれなりの素振りをしようにも術理本に書かれていることを一通り理解・実践出来ないことには話になりません。
仙椎の軸立、胸と背中の使いこなし、体術での裏付けを伴った回らない体捌き、前後斬り、体の差し替えの理解など習得しておくことは幾つもあります。

今でこそ「一冊きちんと学べば上記一通りを学べる」と言い切れますが、以前はそこまで理解が進んでいませんでしたので現在ほど全体の構成を見渡せてはいませんでした。
 

剣術の素養のない田島君にはかなり難しいとは思いますが、昔に比べれば幾らかマシな助言も出来るかとは思うので何とかある程度の素振りが出来るようになって欲しいものです。

 

以下参考

 

体の差し替え

仙椎の軸立理解の為に

二十年ぶりの再会

回る、回らない

 

2021/12/12一部推敲公開