リビングに降りていくと、父が一人でお茶を飲みながら新聞を読んでいた。
「お茶、もう一杯いれましょうか?」
真緒が声をかけると
「ああ。もう休むからいい。」
新聞から目を離さずに答えた。
そっと彼の前に座った。
「あの、さあ・・」
「ん?」
「今日。高宮さんに言われたんだけど。」
「うん、」
まだ新聞に目をやっている。
「・・初音さんが。高野楽器の副社長の息子なんじゃないかって・・」
ゆっくりと北都は顔を上げた。
「10年くらい前に、お父さんについて何かのパーティーに行った時に、初音さんを見たって。周りの人が『高野の副社長の息子ですごいプロジェクトに関わってる』って噂してたって・・」
シンとしたリビングに真緒の声だけが響いた。
北都は彼女を見やったけれど黙ったままだった。
「・・お父さんは。覚えてる?」
ドキドキしながら聞いた。
長い間。
北都はまた新聞に目を移して
「・・いや。」
2文字で否定した。
「あ・・そう、」
拍子抜けした。
しかし脳溢血で倒れて生死をさまよい、一部の記憶を失ってしまった父に10年前のたった一度のパーティーでの他の来場客のことについて覚えているか、と聞く方がどうかしている、と真緒はすぐに思った。
その後、北都は何を言うわけでもなくお茶を一口飲んだ。
「じゅ、10年前の話だもんね。高宮さんの記憶力がいくら超人的だからって。そんな話初音さんから一度も聞いたことないし。でもなんか不思議だなあって思って。」
真緒は何となくその質問を父にしたことを言いわけしてしまった。
「もし。そうだったとして。いったいなんだと言うんだ?」
その父の一言にハッとした。
「や、別に。何も・・」
「じゃあ別にいいんじゃないか。どうあっても、」
そう言って父は新聞を置いてそっと立ち上がった。
椅子にひっかけておいた杖を突いてリビングを出た。
別にいいんじゃないか。どうあっても。
なんだか父の言葉が頭の隅に焼き付いた。
あたし。
これの真偽を突き止めて。
いったいどうしようと思っていたんだろう。
東京で仕事をしていた時のことを話したがらない彼。
それが全てなのかもしれない
額に手を当ててふうっと息をついた。
『ホクトの娘であることを利用すればいい』
彼のあの言葉が頭をぐるぐるする。
話を聞いても全く反応のない父。真緒はその真偽を知る意味を考え込んでしまいます・・
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