経営学と心理学 6 | いろは

戦略は意思決定であるという経営学会での見解を追求しているのですが、本件で興味深いのは、多くの経営学者は意思決定における「意思」の問題について論及しないことです。決定するのは人間であることは認めているから意思なのですが、そのプロセスについては全く疑問に思っていないところが不思議な点でありまして、「決める」という行為について「なぜそのように決まるのか」について追及する姿勢がないのがその特徴であります。右に行くか左に行くかついて問われるときは心理学を引いてくるわりに、意思決定について論究することなく通り過ぎるのが一般的となっておりまして、ここに光を当てるのが目的であります。

 

この件について、なぜ経営学者がそのような心理状態であるのか?ついてを議論する方がより面白いのですが、それよりも前に経営者の意思決定の問題を事例にし、経営学者の意思決定について論じたほうが理解しやすいものと思いますので、先に経営者の意思決定における心理学的考察を行ってみたいと思います。

 

前稿において、アンソフの経営戦略論における成長マトリクスについて触れました。本件についてより詳しく知りたい方はアンソフの原書を参照していただきたいです。本稿においてはその点について既にご理解いただいていることを前提に話を進めます。

 

まずアンソフは市場と製品のタイプを根拠に企業経営のタイプを8つに類型化することにより、それを成長ベクトルと呼ぶに至りました。これは企業進化論の一種と思っていただければよいのですが、前稿においては一つの戦略にとどまり続ける企業の事例を研究をしました。アンソフはそのような企業があることも認めつつ、しかしながら、企業は様々な戦略を企業の成長と共に合わせるように変化させていくことも指摘しております。ゆえに成長ベクトルとなります。スタートは現行市場において現行の製品を売っていく(取り扱う)場合です。これを先ほどは京都の老舗の呉服店を参考にしたのですが、別の老舗の呉服店が冷風機付きの着物を発売した場合を考えると、それは既存市場において新製品を開発し、発売する新しい現象として捉えることができます。いわゆる「新製品開発」といわれる段階であり、ここに移ることを成長と表現する経営学者もいます。私は残念ながらその立場にはありません。

 

ここで面白いことが発見できます。市場浸透でも新製品開発でもともに呉服店として成功しているわけでありまして、何が違うかというと「意思決定」の違いであります。成功企業においてはどちらも成功の法則でありまして、他の企業と大きく異なるのは「意思」でありまして、「着物」そのものが違うわけではありません。意思が違うから着物に違いが出るわけでありまして、しかしながら、製品を違えなくても意思がしっかりとしていれば成功するものであるという仮説を設定することも可能であります。ここで最も着目しなければならないのは、新製品を開発した老舗の呉服店はなぜそのような意思となったかであります。

 

経営戦略論的な見解では、意思がしっかりとしていれば成長ベクトルを辿る必要はなく、市場浸透で十分に「成功企業」となれるわけです。しかも、成功企業は成功企業同士のつながりがありますからそのようなことはわかっているはずなのに、市場浸透戦略で攻撃する成功企業があれば、新製品開発戦略で応戦する成功企業が実際に存在します。これは非常に興味深いことであると思いませんか?この違いはどこからくるのかについて興味がわいてきませんか?非常に個人的な話で恐縮ですが、私は非常に興味がありまして、ぜひとも皆様方に伝えたいと思い、その気持ちをしたためている次第です。

 

この第一段階から第二段階へ進もうとする企業は、市場浸透では活路を閉ざされている状況のため、新製品開発に進んだものと思われます。これは同じ人間でも個性化の過程が十人十色であるのと同じことでありまして、様々な理由により、成功企業の在り方をまねしたところでそこへは到達できないことが多々あることを示します。同じ呉服店においては、アンソフの理論からすると、市場浸透で成功するならかたくなに古いことを守っていれば簡単に成功するわけでありまして、それでよいのであれば老舗企業の「倒産」などは発生しないわけでありまして、戦略を変えなければならない企業や倒産を余儀なくされる企業についてはやはりそれなりの理由があるわけです。また、市場浸透戦略にとどまる企業についても、本当は新製品の開発を行いたいかもしれないです。しかし、戦略というからには意図的に市場浸透させようとしているわけでありまして、そこにどのような人間の心理が働いているかが「戦略は意思決定」となるのではなかろうかと思うのです。

 

企業経営の実際には様々な人が関わってきます。経営者のワンマン経営なるものは事実上、不可能であります。例えば、株式会社によるワンマン経営なるものは理論上はありえなく、出資者が必ずついて回りますから株主との意見なども聞き入れながら企業経営を行わなければなりません。ある程度の規模になると、必要がないにもかかわらず銀行などによる間接金融にて資金調達が行われるようになります。こうなると経営に銀行が口出しするようになりまして、自社の組織の統一と共に、株主や銀行への配慮が加わり、意思決定は困難を極めてきます。

 

さてその中で市場浸透戦略にとどまる企業もあれば新製品開発戦略にシフトする企業もありまして、同じ成功企業といえども個性があります。次の稿からは企業経営の実際における事例を紹介しながら、それを心理学的に考察していこうと思います。

 

ご高覧、ありがとうございました。