経営学と心理学 13 | いろは

企業経営における心の重要性に焦点を当て京セラの事例研究を行っております。なお、製品から企業経営を論じる従来型の研究は既に多くの文献が出版されておりますので、そちらを参照してください。京セラの事例研究でのシリーズでは心の問題を重視して進めてまいります。

 

前稿においては松風工業から独立し、グレイナーモデルにおけるリーダーシップの危機を経験した稲盛氏でありました。通常は創業期にあれほどの強い抵抗を多くの人数から受けると、気の強い企業経営であってもさすがに気持ちの問題で負けてしまうものですが、稲盛氏はそれに勝ったのでありました。まずこのメンタル面の強さも非常に重要な要素でありますが、従業員からの強い抵抗にあいながら、稲盛氏の強い企業経営への思いが正面衝突した状況のなか、よくも組織として次の発展段階へと導かれたものであると感服させられます。

 

心理学的にはこのような衝突が起きると通常、組織であれ個人であれ交渉は失敗するとされております。非常に感情的に、それも反抗的なクライアントをカウンセリングする場合、クライアントと同じような、ないしそれ以上の力をもって対抗することはご法度なのでありますが、稲盛氏はそれをやり遂げ例外を作ったわけでありまして、まさに規格外の人物であります。私のような教科書人間ではまず不可能なことを可能としてしまうこの力が経営者には必要なのでしょう。

 

ここで事例に戻ります。難しい問題へのクリアは企業を成長させます。つまり、企業の規模が大きくなることを意味し、それはシェアが拡大し、つまるところ受注が増えてきます。受注が増えると人も増えます。それは組織の拡大へとつながり、企業経営者としての責任も同時に大きくなります。まず下記リンクよりその当時の京セラの様子をご覧ください。

 

https://www.kyocera.co.jp/inamori/profile/episode/episode04.html

 

1963年に京セラは滋賀工場を新設するに至ります。これは要するに受注が増えた結果となりますが、同時に従業員も増えたことにより、管理業務が非常に大きな負担となってきます。まさにこのことを強調した史実の書き方となっておりますが、ここで稲盛氏はどのように考えたかというと、人数が多くなっても零細企業時代の人との接し方を続けたいと考え、その方法の開発をするに至ります。これがアメーバ経営の始まりです。

 

組織が多くの人を必要とするとき、いわゆる一般公募をするほかありません。一般公募にて従業員の募集をすると京セラのことをよく知らない人が多く入社を希望するようになります。現在では学生が就職活動するときに希望する企業の社史などを暗記し、興味あることをアピールする戦術を用いるようですが、組織が大きくなるとどうしてもこのようになってしまいます。そうすると職務内容をよくわからな人が大量に組織の中へ入ってくるわけでありますが、しかしながら、生産性を落とすわけにはいかないので現場は非常に混乱します。つまり、生産性の向上のために雇用しているにもかかわらず生産性が落ちたのでは本末転倒であり、これを防ぐにはどのようにすればよいかについて、稲盛氏が考えた結果、アメーバ経営にたどり着いたのであります。

 

このアメーバ経営は非常に効果があったので後に多くの経営学者がアメーバ経営の事例研究を行うことになります。私が経営学者として注目することは、稲盛さんの企業経営に対する思いを従業員の一人一人に浸透させるための方法として考案されたことであります。上述、生産性の向上のためと私は述べましたが、それは結果論であり、稲盛氏からすると生産性の向上のためよりも、稲盛氏の思いをいかにして伝えるか、従業員の一人一人が経営者の思いと同じになれば企業としての質も生産性も、全てにおいて素晴らしく向上するに違いないと考え、その方法を考えた結果、各従業員の一日の労働の結果を数値として表し、そして、自分の仕事は自分で作るという精神を自然発生的に生み出す方法としてアメーバ経営が考案されました。

 

ちなみに、なぜ「アメーバ」なのかですが、従業員の各人は所属に関係なく縦横無尽に仕事を組織内から探し出し、そして実行することが可能であるからです。否、むしろそうしないと組織内で生き残っていけないシステムであります。

 

私は京セラにて労働したことがないので詳しい感想を述べる資格はないのですが、アメーバ経営の基礎となっているパナソニック(旧松下電器産業から引き継がれる事業部組織内での従業員の動き方)とよく似ておりますのでその時事を簡単に述べますと、私は電子レンジ事業部の解析(原因不明の故障で送られてきた電子レンジの故障個所を見つけ出し、修理する部署)に所属しておりましたが、それだけをやっていても人事の評価はあがりません。なぜなら、私の勤めていた頃のパナソニックは労働の成果は全て金額に換算されるからです。例えば、電子レンジ一台分の修理を行って100円とします。ノルマはないにしても他の先輩方は一日に5千円の売り上げがあるとします。主任クラスで5千あるとすれば、主任になるにはそれを越えなければなりません。電子レンジの修理だけで一日5千円を達成することを考えると、一日あたり50台の電子レンジを修理することになります。原因不明の故障を一日で50台も面倒見るのはとても不可能です。そもそも原因不明の故障は非常に数は少なく、日によっては仕事がない場合もあります。

 

ではどのようにして5千円を達成させるかですが、簡単なのは人を雇うです。しかし、同じ企業内といえども人を雇うと人件費を差し引かねばならないので簡単ではありません。また、それだけの人脈を必要とします。そこで自分から他の部署へ仕事を探しに行くことになります。そこが部品の購買部ならば、コンテナにのってやってきた部品などの荷下ろしなど、ブルーカラーの仕事をやったりしながら自分で売り上げ目標を作り、それに向かて努力してゆきます。電子レンジ事業部の隣には別の事業部がありましたからその事業部へ仕事をしに行ったりもしました。事業部制は事業部が異なると別会社となりますが、パナソニックはその垣根を越えて仕事をしてゆくことを可能としておりまして、アメーバ経営はこの方法を基礎としているものと思われます。

 

なぜアメーバであるかについての回答を申し上げると、私がパナソニックにて経験したように、自分の所属に関係なく他の部署の仕事に手を出すことができる非常に弾力的な組織の在り方を表現したものです。この方法では自らが経営者でなければならず、常に数字や人の流れを感じ取っていかねばならず、それが苦手な人にとっては辛いかもしれませんが、これになれると、例えば、サンドイッチ工場でひたすらレタスをパンにのせ、時給千円というようなお金の流れに、逆についてゆくことができなくなるくらいに没頭できることが大きな特徴であります。

 

ではここでの問題は何かですが、なぜアメーバ経営は人の心をとらえたのかであります。いくら素晴らしいシステムでも人の心をとらえない限りは絵に描いた餅であります。例えば私が私のバンドにアメーバ経営を導入すると、世界で最も優れたバンドに成長するのかというと、そうはならないと思います。それ故に稲盛氏、そして京セラは素晴らしいといえるのであります。

 

今回はこれで筆を置きます。ご高覧、ありがとうございました。