幕張のファンタジスタw といえば
ロッテ 初芝 清 さんです!
背番号「6」を背負ったミスターロッテ。
フィールドシートが無かった頃のマリンスタジアム、フライが上がった方向にダッシュするも、相手三塁コーチャーにタックルw
更には、フライをおっかけ、カメラマン席にダイブ!
と、思えば、なんともないサードゴロをトンネル!!
などなど、ファンを楽しませるプレーがファンタジスタでした。
そんな初芝さんは、埼玉県の坂戸市で生まれ育ち、高校は強豪の二松学舎付属高校に進学。高校通算30本塁打を放ちます。
そして、東芝府中に就職し、都市対抗野球大会で活躍。
1988年 ドラフト4位でロッテオリオンズに指名され、入団します。
入団当初の背番号は「0」。 1990年には120試合に出場し、レギュラーに定着します。
この頃の代表プレーは、二塁打を放ちベース上にいたところ、ダイエーのショートだった小川 史 選手が味方だと思い、中継ボールを送球w
見事に、初芝さんの右腕に当り、悶えていらっしゃいましたw
チームが千葉へ本拠地を移し、ロッテマリーンズに。
初芝選手もロッテの顔になっていきます。
1994年から、以前は有藤、落合 選手が背負っていた、ミスターロッテの背番号「6」に。
そして、応援歌も落合選手と同様になりました。
ロッテの夢は~♪ 観客動員 100万人!♪
この歌詞が作られた頃は、川崎球場。スタンドは閑散としていましたが、今のロッテは人気チーム。夢は叶ってますね!
1996年 スランプ脱却のためもあり、以前から目が悪かったため、プレー中にメガネを掛けた途端に復活!
「あ~、ボールってこういう風に見えるんだ」
と目を丸くしたそうですw
1999年BBMプレビューカードのサインは簡略版です。
2001年は、突然髪色を金髪に! 働くおとうさんというイメージだったため、印象が変わったことに当時驚きました。
その理由が、
床屋さんで、「ブリーチでもします?」と勧められた際、
ブリーチの意味が判らなかったにも関わらず、「いいですよ。」と了承。
結果、いきなり金髪になったそうですw
2005年 体力の衰えから引退を決意。シーズン中に引退セレモニーを行ったものの、
その年はプレーオフに出場。勝利に繋がる内野安打を放ち、そのままプレーオフをロッテが制します。
そして、そのままタイガースを破り、日本一に!
最後の最後で、日本一・優勝を経験されました。
引退後は、千葉にある社会人チーム かずさマジックでコーチ。
2013年からは、セガサミーで監督を務めています。