「と、いうわけで。はい、これ。君への誕生日プレゼント。」
「ふぇ?」
18歳の誕生日を迎えた後の口付け(異常に長くてメチャクチャ苦しくて、後一歩で死ぬところだったわ…)を済ませた後。キスの余韻というよりは命の危機からの回復のために懸命に呼吸している私をしっかりと抱きしめた敦賀さんは、力の入らない私の右手に、何やら薄く、固いものを手渡してきた。
「あの…。プレゼントは…もらいましたけど……?」
息も絶え絶えながらに私は彼にそう伝える。…24日の朝、私はピンク色の上品なワンピースを敦賀さんから受け取った。それがいかなる金額のものかは恐ろしくて聞けないけれど、今、彼の腕の中にいる私はそのワンピースを着用している。
「そのワンピースはクリスマスプレゼント。で、今君に渡したのは誕生日プレゼント。」
「…………。」
ぼんやりとした視界。その涙にぬれた私の眦を優しく拭い、彼は私の視界に映るようにそのプレゼントを私の手ごと移動させた。
「……。…………。っ!!??」
「ちなみに暗証番号は1225に変更済み。お互い、覚えやすくていいよね?」
瞳に映るのは照明の光を受けて輝く1枚のカード。…最近、これがよく活用されている場面を目にすることが増えた私には、何であるのかはすぐに分かってしまった。
「おっ…おおおお…お断りいたします~~~!!」
「却下。」
あまりにも恐ろしい物体を手渡されて、呼吸困難の苦しさなど全て吹っ飛んでしまったわ。私は瞬時に彼の腕から逃れて、その物体をつき返そうとしたけれど…。私の動きより一瞬早く、彼は抱きしめる腕を強め、カードを押し付ける手を封じ込めてしまった。
「こっ、このような大事なもの、受け取れませんっ!!却下を却下しますっ!!」
「一度受け取ったものは返すことができないのが世の鉄則だよ?」
「今はクーリングオフ制度というものが存在するんですっ!!」
「先輩からもらったものを受け取らないなんて、業界ではありえない失礼な行為だよ。礼儀正しいはずの『京子』がそんなことしていいのかな?」
「っ!?そっ、それでも、こっ…これだけは……っ!!」
彼の腕の中。震える両手で握りしめているものを再度確認する。
これは、世の女性が悪魔に魂を売ってでも渇望するであろう、恐ろしい扉を開けるための鍵なのだ。この鍵で扉を開けると、『華麗にして優美、今最も艶やかな男』と称される夜の帝王が住まう場所へと入ることができる究極の代物。
それは全国の女性が、どれほど熱望する…しかし、儚い夢でしょうか……。
そんな恐ろしい『悪魔の鍵』。…その鍵を、私は今、単に18年間生きていたというだけで、意図も容易く手に入れようとしているんだわっ……!!
「そんなに俺の家の鍵を受け取るのが嫌なの?恋人になったら一緒に暮らすことになるんだよ?俺達の家の鍵を君が持っているのは当然のことじゃないか。」
あまりの出来事に全身を震わせている私に、敦賀さんは呆れたように長い長い溜息を吐いた後、私の髪にキスをしながら言った。
「こっ、恋人になるだなんて、何十年先の話をされているんですかっ!!そんな遠い未来のための準備を今からする必要なんてありませんっ!!」
未だ私を拘束し、宥めるように背をなでる彼の腕の中から逃れようと、私は懸命に身体を捩りはじめる。だが、そんな私の動きを完全に封じ込めながら、彼は私のこめかみにキスをしてきた。
「そんな難しく考えないで?これはね、俺のために受け取って欲しいとも思っているんだ。」
「ふぇ?」
カードキーをつき返すことができず、腕の檻から抜けることもできず…彼の唇から逃れることもできない私は、混乱と恐怖で泣きそうになった。そんな私に、敦賀さんは優しい声で囁く。
「俺はね、キョーコちゃんの料理が大好きだし、君と一緒に演技の練習をするのも楽しいんだ。」
「えっ…」
「だから、君の時間がとれる時でいい。君の手料理を用意して、この家で待っていて欲しいんだ。」
「敦賀さん……。」
敦賀さんは、私の料理をいつも「美味しい」と言って食べてくれる。食が細い彼に対して、無理のない量にしているつもりだけれど、それでもいつも完食してくれているのは奇跡に近いことなのかもしれない。いつも心配している食事事情が、私が料理をするだけで解決してしまうなんて…こんなことがあって、いいのだろうか?
それにそれに…!!私と演技の練習をするのが楽しいだなんて…っ!!尊敬する先輩からの言葉として、これ以上に嬉しい言葉があるかしら!?いいえ、無いわっ!!
「…では、このプレゼント…謹んでお受け取りいたします。」
「本当?」
「はいっ!!あの…あまり遅くなるわけにはいきませんが、終電の時間までなら時々こちらに来させていただくこともできると思いますし…」
「ありがとう、キョーコちゃん。」
この『悪魔の鍵』。本当は持ち歩くことが死にそうになるほど恐ろしいのだけれど、それでも。
敦賀さんの食事事情の改善と、尊敬する先輩との演技のお稽古ができるという特権を得られるためならば、この最上キョーコ、悪魔にも魂を売ってやるわっ!!
「それじゃあ、折角だから今日は泊って行って。」
「え?」
「ふんっ!!」と鼻息荒く気合を入れ、脳内に現れた悪魔と契約書を交わさんとしていた私。そんな私をヒョイと抱えあげて、敦賀さんは歩き始めた。
「早速君の部屋を使ってもらえるね?嬉しいなぁ…。」
「は?私の部屋??」