【遠藤のアートコラム】ダリvol.4 ~原子核神秘主義の時代~ | 文化家ブログ 「轍(わだち)」

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第二次世界大戦を越え、原子力の時代が到来すると、サルバドール・ダリの作品は「原子核神秘主義」の時代へと突入します。
今月は、国立新美術館(東京・六本木)で開催されている「ダリ展」の作品を紹介しながら、サルバドール・ダリについてご紹介します。

 

■今週の一枚:ポルト・リガトの聖母(※1)■

―1945年8月6日の原子爆弾の炸裂、それは地震のようにわたしをゆさぶった。
以後、原子はわたしの好んでふける省察の主題となった。
その当時描かれた多くの風景画は、その爆発が発表されたときに
わたしが経験した未曾有の不安や恐怖を表現している―

 


上記は、スペインが生んだ奇才サルバドール・ダリ(1904-1989)の回想です。

第二次世界大戦下の1945年。広島と長崎に原子爆弾が投下されました。
一瞬にして人々の生活を破壊し、その後の人類史にも影を落としたこの事態に、ダリは大きな衝撃を受けたようです。
上記の回想にあるように、亡命先アメリカ合衆国にいた彼は、原子核に夢中になっていきます。

フロイトの精神分析に影響を受け、夢や無意識の世界を描いたような作品で、シュルレアリスムの画家として名を挙げたダリ。
アメリカでその名声はさらなる飛躍を遂げ、創作の幅も多岐にわたっていた彼は、そのテーマを、原子核や最新科学、数学、そして宗教へと移していき、「原子核神秘主義」の時代へと突入するのです。

※2 ウラニウムと原子による憂鬱な牧歌


こちらは、1945年の作品、《ウラニウムと原子による憂鬱な牧歌》です。

中央には、人の顔のようにみえるものがありますが、その中心にあるのは、爆弾を落とす飛行機。

※2 ウラニウムと原子による憂鬱な牧歌(部分)



右側には爆発の効果のようなものが描かれています。

※2 ウラニウムと原子による憂鬱な牧歌(部分)


野球は、「アメリカ性」「ストライク(命中)」「ヒット(打撃)」といった用語によって戦争と結びつく要素と考えられます。

※2 ウラニウムと原子による憂鬱な牧歌(部分)


原爆がもたらす陰鬱な世界が表現されたこの絵は、戦争を最も色濃く反映した作品の一つです。

※3 ビキニの3つのスフィンクス


上の写真右側は《ビキニの3つのスフィンクス》という作品です。
第二次世界大戦終結後、アメリカはソ連との冷戦時代に突入。ビキニ環礁で数多くの核実験を繰り返しました。
原子力の時代の到来に関心を寄せたダリ。
この作品では、原爆の爆発の際に発生するキノコ雲と人間の頭部がダブル・イメージになっています。奥では樹木が人間の頭部を形作り、同じような形が連続。
ダリが「形態学的なこだま」と呼んだ手法が見られます。

この作品では、核に対する恐怖や不安よりも、核に神秘的な力を見出したダリの、幻想的な風景が描かれています。

第二次政界大戦終結後の1948年、ダリはスペインへ帰還。終の住処となるポルト・リガトへと移住しました。

ダリの原子核への関心は、いっときのことに留まらず、創作活動の上に「原子核の時代」をもたらし、さらには宗教的なテーマと融合していきます。

※1 ポルト・リガトの聖母


ダリは、初期の頃からイタリア美術やルネサンスの古典絵画の研究を続けていました。

《ポルト・リガトの聖母》では、聖母とその膝に腰かける幼子イエスという伝統的なモティーフを選び、聖母を大胆にも愛する妻ガラの姿で描いています。

※1 ポルト・リガトの聖母(部分)


ここに描かれている様々なモティーフはどれも浮遊していて、一定の距離を保っています。
これは原子力学の考え方に基づいたイメージです。

※1 ポルト・リガトの聖母(部分)


1951年には、自身が執筆した『神秘主義宣言』の中で、自分を「原子核神秘主義の画家」であると宣言し、近代科学と宗教の統合こそ、彼の狙いであると述べているそうです。

こうして、1950年代、ダリは「原子核神秘主義」を具体化した、“粒子”の絵画を発展させていきました。

※4 炸裂する柔らかい時計


《炸裂する柔らかい時計》では、1931年に描かれたダリの有名なシュルレアリスム絵画≪記憶の固執≫に登場する“柔らかい時計”が砕け散っています。
炸裂した破片は、まるで粒子のように、サイの角のような形に崩れながら渦をまいています。

※5 ラファエロの聖母の最高速度


こちらの作品では、ダリが尊敬していたルネサンスの偉大な巨匠ラファエロの《聖母》のイメージが、球体や、サイの角に似た形に分裂し、力学的な運動を暗示させる動きをしています。

こうした、「粒子の絵画」をダリは、“新しい科学の発展という視野から宗教のテーマに取り組む試みであった”と説明したといいます。

母の宗教であったカトリシズムへの関心と最新科学、そして、ルネサンス以来の古典的な絵画技法についての関心が融合しています。

1960年代の最晩年は、古典に関する知識と賞賛、19世紀のアカデミスム絵画へのこだわりが反映されるようになります。

※6 テトゥアンの大会戦


《テトゥアンの大会戦》は、1860年のスペイン軍によるモロッコ進軍を描いたもので、19世紀カタルーニャを代表する画家マリアノ・フォルトゥニーへのオマージュとなっています。

※7
右)エル・エスコリアル宮の中庭にいるベラスケスの《マルガリータ王女》
左)エル・エスコリアル宮の中庭にいるベラスケスの《セバスティアン・モーラ》


エル・エスコリアル宮の中庭を背景にした2枚の作品には、いずれにもスペイン黄金期の画家ベラスケスの作品が描きこまれています。

画家としての生涯を通じ、ダリは美術史上の巨匠たちを尊敬し続けました。

最新の精神分析や科学への興味を裏付けにしながら、合理主義へのアンチテーゼを標榜し、不条理や非合理を描き続けたダリ。

視覚を超えるものを描こうとしたシュルレアリスムの世界を、ルネサンス以来の古典的な手法で描いた画家ダリ。

自分は天才だというポーズをとり、公的なペルソナを作り上げることで、自身の芸術を大衆に届けようとしたダリ。


© X. Miserachs/Fundació Gala-Salvador Dalí, Figueres, 2016.
Image Rights of Salvador Dalí reserved. Fundació Gala-Salvador Dalí, Figueres, 2016.


画家、思想家、文筆家、科学に熱中する人、イラストレーター、デザイナー、映画監督、舞台デザイナー・・・インスタレーションや、パフォーマンスといった、最も革新的な仕事まで、多方面にわたるダリの仕事は、魅惑的で、へんてこで、緻密です。

ダリの世界にちりばめられた、彼を理解する鍵を拾いながら、さらなるダリの迷宮へと迷い込んでみてはいかがでしょうか。

参考:「ダリ展」カタログ 発行:読売新聞東京本社
 

 



※1 サルバドール・ダリ 《ポルト・リガトの聖母》 1950年
275.3×209.8cm、カンヴァスに油彩、福岡市美術館蔵
© Salvador Dalí, Fundació Gala-Salvador Dalí, JASPAR, Japan, 2016.
*東京会場のみ展示

※2 サルバドール・ダリ 《ウラニウムと原子による憂鬱な牧歌》 1945年
66.5×86.5cm、カンヴァスに油彩、国立ソフィア王妃芸術センター蔵
Collection of the Museo Nacional Centro de Arte Reina Sofía, Madrid
© Salvador Dalí, Fundació Gala-Salvador Dalí, JASPAR, Japan, 2016.

※3  右)サルバドール・ダリ 《ビキニの3つのスフィンクス》1947年
40.6×51.4cm、カンヴァスに油彩、諸橋近代美術館所蔵
© Salvador Dalí, Fundació Gala-Salvador Dalí, JASPAR, Japan, 2016.
左)サルバドール・ダリ《素早く動いている静物》1956年頃
125.0 × 160.0cm、カンヴァスに油彩、サルバドール・ダリ美術館蔵
Collection of the Salvador Dalí Museum, St. Petersburg, Florida Worldwide rights: © Salvador Dalí, Fundació Gala-Salvador Dalí, JASPAR, Japan, 2016.In the USA: ©Salvador Dalí Museum Inc. St. Petersburg, Florida, 2016.

※4 サルバドール・ダリ 《炸裂する柔らかい時計》1954年
12.7×17.1cm、紙にインク、鉛筆、サルバドール・ダリ美術館蔵
Collection of the Salvador Dalí Museum, St. Petersburg, Florida
Worldwide rights: © Salvador Dalí, Fundació Gala-Salvador Dalí, JASPAR, Japan, 2016.
In the USA: ©Salvador Dalí Museum Inc. St. Petersburg, Florida, 2016.

※5 サルバドール・ダリ 《ラファエロの聖母の最高速度》1954年頃
81.0 × 66.0cm、カンヴァスに油彩、国立ソフィア王妃芸術センター蔵
Collection of the Museo Nacional Centro de Arte Reina Sofia, Madrid © Salvador Dali, Fundacio Gala-Salvador Dali, JASPAR, Japan, 2016.

※6 サルバドール・ダリ 《テトゥアンの大会戦》 1962年
304.0×396.0 cm、カンヴァスに油彩、諸橋近代美術館蔵
© Salvador Dalí, Fundació Gala-Salvador Dalí, JASPAR, Japan, 2016.
*東京会場のみ展示

※7
右) 無題、エル・エスコリアル宮の中庭にいるベラスケスの《マルガリータ王女》1982年
73.0×59.5cm、カンヴァスに油彩、ガラ=サルバドール・ダリ財団蔵
左) 無題、エル・エスコリアル宮の中庭にいるベラスケスの《セバスティアン・モーラ》1982年
60.0×73.0cm、カンヴァスに油彩、ガラ=サルバドール・ダリ財団蔵

Collection of the Fundació Gala-Salvador Dalí, Figueres © Salvador Dalí, Fundació Gala-Salvador Dalí, JASPAR, Japan, 2016.


<展覧会情報>
「ダリ展」
2016年9月14日(水)~12月12日(月)
会場:国立新美術館(東京・六本木)

開館時間:10時-18時
金曜日は20時まで
(入場は閉館の30分前まで)
休館日:火曜日

展覧会サイト:http://salvador-dali.jp
問い合わせ:03-5777-8600(ハローダイヤル)

 



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