先輩が帰ったのち、ユノに電話をかけたが、電源を切られていた。
あのとき止めたのは、先輩をかばったわけじゃない。
ユノの顔が、今まで見たこともないくらい怖くて、止めなければ先輩を殴り殺してしまうのではないかと思ったからだ。
そんな言い訳をしたからといって、何がどう変わるかはわからないが、とにかく、僕はユノと連絡がとりたかった。
だが、一週間、部活にでてこなかったユノの名前をだしたのは、他でもない先輩からだった。
「ユノ、休学するそうだ。」
「どうして?」
「俺のせいかと思ったが、違うって。なんでも、親父さんの病気の治療をするために、アメリカに行くと言ってた。」
「ドンヒョンさんの?いつ?いつ出発するって言ってましたか?」
「今日って言ってた。みんなには、明日知らせてくれって言われたけど….…おまえには、今日知らせるべきだって、言ったんだ。」
「なんて?なんて、言ってましたか?」
「おまえにも明日でいいって。見送りに来られても困るからって。おい!チャンミン!」
僕は先輩の話の途中で走り出した。
何時のフライトかもわからないけど、どうしても会わなければと思ったから。
「狡い奴。最後までこれかよ。」
込み上げそうな涙と腹ただしさで、おかしくなりそうだった。
「空港まで。」
「どちらの?」
それさえもわかっていないけど、あのとき会えなかった空港。
きっとそこにユノはいる。
ずっと通じなかったユノの携帯に電話をかける。
あ、コールしてる。
『もしもし….…』
でた!
「ユノ!」
『うん。』
「行くな!」
頭で考える前に言葉がでてた。
「行かないで!」
『チャンミン、俺….…。』
「理由なんか、聞かない。今空港に向かってる。すぐ、行くから。」
『ごめん。』
「やだ!絶対に行くな!」
必死な僕の様子をみて、タクシーの運転手がアクセルを踏んだ。
電波がわるかったのか、ユノが切ったのか、ユノの声は聞こえなくなった。
祈る思いで、空港に向かう。
かつて、ユノと会えなかったあの空港で、今度は僕が見送るなんて。
そんなこと絶対に許せない。
「会えるといいな。」
「ありがとうございます。」
タクシーの運転手に礼を言うと全速力で走る。
頼む。待ってて。行かないで!
空港にある案内をみた。
僕の願いは虚しく、その日のアメリカ行きの便はすべて飛び立っていた。
遅かった….…。すべてが、遅かった。
どうして、こんなにもうまくいかないんだ。
僕はその場にへなへなと座り込む。
何をしてるのだろう。
どうして、もっと早く自分の気持ちに正直にならなかったんだろう。
「ママ、あのお兄ちゃん泣いてるよ。」
「きっと悲しいことがあったのね。」
人目もはばからず、声をだして泣いた。
もう二度とユノに会えない気がして。
かつて、僕がアメリカに渡るときに機内で泣いたように。
いや、あのときより、もっともっと悲しくて。
誰かに妨害されたんじゃない。
すべて、自分が招いたことだから。
ユノ….…ユノ….…ユノ。会いたい。
「チャンミン?」
「え?」
「ほら、立って。」
僕に手を差し伸べたのは、会いたくてたまらない、まさにその人だった。