魔法使いになりたかった男 6
耕ちゃん(石松)は事務所の休憩所でコーヒーを啜りながらトーストを食べている。社員、浅井と坂本も『おおきに。ご馳走さん。』と言って美味しそうにコーヒーを啜っている。善吉が毛布に包まりコーヒーを黙って取って啜っていると、社員、浅井が、『お前なぁ。おごってもろうてんねんから、礼くらい言わんとあかんでぇ! 「すんまへん。」でも、「おおきに。」でも何でもええから礼を言わんとあかんねんでぇ。』と善吉に言った。善吉は小さな声で、『おっさん、ありがとう。』と言った。耕ちゃん(石松)は、『コーヒー、美味いか?』と善吉に聞いた。善吉は、『うん。美味い。』と返事をした。耕ちゃんも、『そうか。』とだけ言って何も言わなかった。耕ちゃんは遅い昼飯を食べ終わると善吉にはかまわず、何事も無かったかのように、机に向かって仕事を続けた。浅井と坂本も自分の机に向かって仕事をしていた。善吉は神戸の耕ちゃんが運営している事務所の中を見回して、その後、耕ちゃん(石松)が仕事をしている姿を眺めていた。時間は緩やかに流れ、午後4時を少し過ぎた頃、耕ちゃんが『どっちか、茶を4つ入れたってくれや。』と、社員、浅井と坂本に言いながらタバコに火を点けた。耕ちゃんはタバコを吸いながら善吉の隣に座り、『善吉。お前は、何で元町界隈をうろつとったんや?』と聞いた。善吉は小さな声で何か言ったが、、、耕ちゃんには聞き取れなかった様子で、耕ちゃん:『よう聞こえへん。もっと大きな声で言わんかい。』と言った。善吉は、『神戸の耕ちゃんを捜しとったんや。』と返事をした。耕ちゃん(石松):『俺に何の用事や。』善吉:『子分にしてもらお。思うて捜しとったんや。』耕ちゃん:『お前は何が出来るねん? 機械を触ったことはあるか? 今までに車でも何でもええから機械を触ったことがあるか?』と善吉に尋ねた。善吉は、『機械なんか触った事あらへん。』と返事をした。耕ちゃん:『それやったら、ウチで雇うことは出来へんなぁ。 せやけど、伝票整理とお茶汲み、それと、タンク掃除の仕事でもよかったら、1週間ほどのアルバイトの口があるけど来るか? 言うとくけど、タンク掃除はしんどいぞ。』と言った。善吉は、『うん。やる。』と言って、少し元気になった。善吉は茶を啜りながら、『おっさん、聞いてもええか?』と耕ちゃん(石松)に話しかけた。耕ちゃんは、『なんや?』と返事をした、善吉:『おっさんは何で石松やのうて“神戸の耕ちゃん”と、いうてなのってんねん?』と尋ねた。耕ちゃん:『仕事用の名前が森乃耕二と言うてるだけや。始めは森乃石松と言うてたんやけど、営業に回って仕事の契約を取ってきても何でか知らん土壇場になったらキャンセルが入って頓挫するんやがな。それで気分転換に街角の姓名判断に冷やかしで見てもろうたら《森乃石松という名前はええ事ないから森乃耕二に改名した方がええ。》と言われてなぁ、「ほんまかいな?」と思うて森乃耕二に改名したんや。そしたら契約のキャンセルが入らんようになったんや。それで森乃耕二という名前に変えたんや。それだけのこっちゃ。』と返事をした。善吉は、『ふ~ん。』と、まだ納得がいかない様子であった。坂本が、『耕ちゃん。仕事もせんと喋っててええんかいな?』と、話にわって入るように言った。耕ちゃん、『仕事は、さっき片付いたさかい定時まで時間つぶしや。』と返事をした。善吉は、『この、おっさん等も、おっさんの名前が、ほんまは石松やって知ってんのんか?』と耕ちゃんに聞いた。耕ちゃん:『ああ。知っとるでぇ。浅井と坂本。お前等も説明したれや。』と2人の社員に言った。社員、赤木と坂本は拒否した。耕ちゃんが、『何でや?』と、ニヤニヤしながら聞いた。赤木と坂本も、『「なんでや?」 いうて聞かれても、嫌なものは、嫌や。』と拒否していた。耕ちゃん:『今度は、お前等が俺にコーヒーを一杯ずつ、おごらんとあかんからか?』と2人に聞いた。坂本:『コーヒー、一杯。というても、あのコーヒーは美味いけど高いでーぇ。 分かっとって聞くねんから、耕ちゃんも根性悪いでーぇ。』と言い返した。耕ちゃんの説明によると、暇な日を見つけて社員を全員引き連れて国鉄(現JR)三宮駅の北側にあったコーヒーだけを出していた喫茶店へ行った。そして、喫茶店でコーヒーを注文した後、全員にコーヒーが行き渡るまで待った。全員にコーヒーが行き渡ったのを確かめてから、『今日から俺は、森乃石松、という名前から、森乃耕二、という名前に変えた! せやさかい、このコーヒーを飲んで、この店を出たら、俺のことを“石やん”と呼ぶな。“石やん”と呼んだ者には、呼んだ数だけ、このコーヒーをおごってもらうからな! ほな、皆、コーヒーを飲んでくれ。』と言ったのだとか。皆、美味い。美味い。と言いながら飲んでいた。『そら、そうやろう。この店で一番高いコーヒーやねんからなぁ。』と耕ちゃんは言った。喫茶店を出た後、石松は “耕二” という名前に変っていた。善吉は経緯を聞いた後も、『おっさん(石松)が“神戸の耕ちゃん”や言われても、まだ信じられへんわ。俺が思うてたんと、全然、違うねんもん。』と、まだ少々、困惑気味。そうこうしている内に定時のPM.05:00になった。耕ちゃん:『ぼちぼち、あがろか。』と言って帰り支度をはじめた。耕ちゃんと、社員の浅井と坂本は帰り支度を済ませて善吉が作業服に着替えるのを待っていた。その後、4人は会社を後にし、元町商店街で耕ちゃんと善吉は、社員の浅井と坂本と別れ、阪神電鉄「元町駅」から電車に乗って三宮へ行き、「三宮駅」近くの《さんちかタウン》という地下の商店街にある喫茶店で “オムライスの定食” を2人分注文した。耕ちゃん:『あれから3日、どないしとったんや?』と善吉にたずねた。善吉は、『あの時、家を飛び出して金を持ってなかったから新開地まで歩いて行って耕ちゃんを捜しとったんや。』と言った。耕ちゃん:『左様か。見つかってよかったなぁ。 今晩は家に帰れよ。俺も一緒に、お前の、お父ん詫びを入れたるさかい。』と善吉に言った。善吉:『オッサン、聞いてもええか?』と耕ちゃん(石松)に問いかけた。耕ちゃん:『なんや?』善吉:『なんで青木(おおぎ)でも《耕ちゃん》と名乗らへんねん? 近所の連中も、みんな知っとんのに。』耕ちゃん:『近所の連中が知っとるさかい言わへんのや。』善吉:『なんでや?』耕ちゃん:『行儀の悪い奴(=素行の悪い者)を雇い入れたら会社を潰されるさかいな。』善吉:『俺かて行儀が、ええことないで。』耕ちゃん:『お前の場合は、お前の親父の信用で雇うことにしたんや。せやから帰ったら、親父に礼を言うねんぞ。』善吉:『うん。わかった・・・・。』と返事をしたが、、、、何やら言いたげな顔つきでモジモジしていた。耕ちゃん:『なんや? まだ何か聞きたいんけ?』善吉:『オッサンは、なんで《神戸の耕ちゃん》という名前で売り出したんや?』石松(神戸の耕ちゃん):『必要に迫られてやったことや。』善吉:『オッサン、、、必要に迫られんかったら名前を売らんかったんか?』石松:『そうやなぁ。』善吉:『なんで名前を売る必要があったんや?』石松:『今でこそ水上警察というものが出来てるねんけど、むかしは水上警察なんか無かったからな。波止場で外国人が揉め事を起こしても、それを取り締まるための法律も警察も無かったから、メリケン波止場で外国人を相手に商売をしている会社には、警察の代わりに、メリケン波止場で荷役の全てを取り仕切っとったヤクザの組の組員が二人一組になって日当を貰うて各会社に入っとったんや。』善吉:『それとオッサンが神戸で名前を売ったんと何の関係があるねん?』石松:『俺は、ちゃんと日当を支払うて雇うてるねんから、「¥」で雇うてるヤクザに愛想なんかする気ないさかいな。せやから名前を売ったんや。ヤクザなんかに舐められたら現くそが悪いやろ?』善吉:『オッサン、ヤクザが嫌いか?』石松:『嫌いやなぁ。』善吉:『オッサン、どないして名前を売ったんや?』石松:『新開地で一番強いとされとった奴に喧嘩を売りに行った。』善吉:『それで、どないなったん?』石松:『そいつと子分どもにボコボコ(フルボコ)にされた。善吉:『( ´゚д゚`)エー。。。。。』