あれから、あっという間に1週間が過ぎた。
私生活については口出しする必要はないと思っていたが、そろそろそうはいかなくなってきた。
明らかに蓮は何も食べていない。


この1週間で3キロくらい痩せたのだろうか?顔色は悪いのに妙な色気がある。
仕方なく社長室に足をむけ、社は一息ついたところでドアをノックした。


「はい・・どうぞ?」
少しだるそうな声に気が付いて、社は部屋に入るなり蓮の目の前まで歩いて行った。


「・・どうかしました・・?社さん・・」
その行動に蓮が驚いて瞳を丸くする


「おまえ、もう帰ったほうがよさそうだぞ?・・それに・・今日は何を食べたかちょっと言ってみろ」


「大丈夫ですよ、心配しすぎです。・・それに今日は朝から忙しくてまだ、何も食べてないですけど、これから食べようかと思って・・」
わかりやすい嘘に騙されるわけにもいかず、社は意地悪く続けて質問をした。


「もう16時だぞ?・・そうか、じゃぁ昨日は何を食べたんだ?」
蓮は社の言葉に考えるふりをして、その後罰が悪い顔をした。


「・・・・すみません社さん・・最近食欲がなくて・・」


「食欲がないなら、せめて自宅に帰って寝ろよ・・おまえ自宅にも帰らないで仕事部屋で寝てるだろう?」
あきれ返ったような声で社が説教をはじめると、蓮が観念したようにポツリとつぶやいた。


「部屋にもどると彼女を思い出してしまって・・・・」
ため息交じりに蓮がそういうと社は腕を組みなおして深くため息をついた。


「この間いったい何があったんだ?キョーコちゃんに振られたって?・・何が原因だ?他に好きな奴でもいるって言われたのか?ちゃんと本人に確認したんだろうな?」


社の言葉を訊きながら、その日の出来事を思い出したのか蓮は深く眉間に皺をよせ、その日の出来事を社に伝えた。


「え?それで、キョーコちゃん彼氏だって?」


「はい、嬉しそうに頬を染めて・・・」


社はその答えに納得いかず、寂しそうに窓の外を眺めている蓮の後姿を見ながら社長室を後にした。


仕事柄、彼氏は作らないと言っていた・・
仕事を辞めてすぐとはいえ、そんなにすぐに彼氏ができるだろうか?しかも蓮とキョーコの雰囲気はかなり良いものだったはず・・それなのになぜ・・?


いや、蓮も数時間の間にすっかり元に戻ってしまったことを思えば・・・
それにキョーコちゃんはその好きな男のために、仕事を辞めたのかもしれない。


いずれにしても、蓮をこのままにしておくわけにもいかず、一度キョーコと連絡を取ってみようかと真剣に悩む社だった。


どんな浮かれ顔で出社するのかと社は楽しみにしていた。
しかし目の前にいる男は、数か月前の蓮と何一つ変わらず、柔らくなった表情も「氷の美貌」と称されていたころの表情に戻っている。


今思えばこの表情はすべての感情を自分で操っているのだと社は理解した。


蓮は会議中表情一つ変えず、報告を受けた。
見慣れていた光景だったのに、ここ数か月の人間らしい蓮の表情に慣れてしまったせいか、今の蓮の不自然さに誰もが何があったのかと不安を感じているのがわかる。
ほんの数時間でこれほどまでに人は変われるのかと思うほど、蓮の雰囲気は一変していたが、本人は気が付いていないようだった。


「・・・以上です。来週予算会がありますので、担当部署はしばらく忙しいと思いますが、よろしくお願いします。・・・他になければ本日の会議は終了にしましょう」


ぞろぞろと会議室から出ていくと、蓮は部屋に残って窓の外を眺めていた。


そういえば、前はよく窓の外を眺めていなかっただろうか・・
ここ最近その姿を見なかったような・・


「蓮・・・・」


「あ、社さん・・どうかしましたか?」
どうかしたのはお前だろう?というセリフを社は寸前で呑み込んだ。
それほどまでに、蓮は傷ついた瞳をしていた。


キョーコちゃんが蓮を傷つけるようなことをするとは思えない。となると彼女を見舞いに行った際に、何かあったのだろう。
彼女には出会えたのだろうか・・・
それを訊くこともできないほど蓮の瞳は暗い影を宿しているが、周りへの影響を考えると聞かないわけにもいかない。


「昨日は・・・どうだった?」


「・・あぁ・・そうでしたね、社さんにはお世話になったのでお伝えしないといけませんね・・・・。実は、振られました。」
寂しそうに笑う蓮の表情に社はどう答えればよいのか、わからなかった。
短く そうか と答えてその先を訊くべきかどうするか悩んでいると、ふんわりと甘い香りがした。

これも以前は当たり前だったこと・・・・

以前の蓮に戻っただけなのにその違和感に社は戸惑った。



「蓮・・・・お前・・・・いや、なんでもない」


また一人でいられない病気が再発か・・・・


社はそんなことを思いながら蓮の様子をしばらくだまって見守ることにした。


「京子どうだった?」

一瞬何のことかわからず、キョーコは首をかしげた。
その態度を見てさわやかな笑顔で拓斗が同じように首をかしげ一瞬見つめあった後、ニヤっと笑った。


「敦賀君に・・頼めたか?」
キョーコは少し驚いたような表情をしながら大きく頷いた。


「あ、はい・・期間限定ですが・・その・・・昨日から2週間ほどお付き合いしていただけることになりました」
嬉しそうに報告するキョーコを見て拓斗は再びニヤリと笑い そうだろう?敦賀君が断るわけないんだよ とその顔が語っていた。




蓮の控室を訪ねた日の深夜


「どうだね?・・・・最上君とはうまくやっていけそうか?」

社長室に呼ばれて、拓斗はその部屋に入った。
戦国武将の出で立ちで、刀を杖の代わりにしてソファーの横に立ちながら、鎧はうまく座れないので、お前は適当に座ってくれと言われ立ったままウロウロしている社長を気にしながらも、拓斗はソファーに腰を掛けた。


「お前の評判は・・良すぎて気味が悪い・・」
ニヤニヤと笑いながら社長がそんな冗談をよこした。


「そうですか?・・それはよかったです」
真顔で返事をすると、しばらく沈黙した後に2人は大きな声で笑った。


「・・まったく・・あっという間に社内を調べおって、最後に教えてくださいと言いにきた言葉が、『敦賀君と京子はどういう関係か・・・』だったか?まったく・・・・手際が良すぎて困ったもんだ・・」
マネージャーをする上で重要ですから、と言って拓斗は自信満々に笑顔を振りまき、軽く腕を組んだ。
その大げさなリアクションに社長は楽しそうに声をあげて笑った。


「・・それで、実際のところ社長はあの2人をどう思っているんですか?」
その問いには直接答えず、代わりに持っている情報を小出しする。


「ちょうど昨日、社にそれとなく聞いてみたんだが、お前と最上君が仲良くしているのを何度も見かけて、うちの稼ぎ頭は元気がないって話だ・・・・」
拓斗は軽く眉をあげて、小刻みにうなずくと少し考えごとをするように視線を天井に向けた


「なるほど・・・・では、そこを含めてキョーコの演技の幅も伸ばして・・・というのを提案しますが、ご協力いただけますか?」
その言葉に社長はため息をつく、断る理由が見つかるわけでもなくむしろ願ったり叶ったりの申し出だ。


「まったく・・そう、手際よくなんでも進められると楽しめないだろう・・?・・ま、好きにしてみろ、できる限り協力はしてやる・・・・できれば最上君をラブミー部から卒業させてもらえるとありがたいんだがな~」
半ば独り言のように社長が言うと拓斗は わかりました といって部屋を後にした。


そんなやり取りがあったことも知らず、社を含め当の2人はまだまだ振り回されるのであった。



おしまい


え!こんなところで終わりぃぃいい!!。
敏腕マネージャのお話でした~

続きが書きたい方がもし、いらっしゃたら・・ぜひぜひどうぞ~



『こんにちは、最上さん・・・・俺に頼みごとがあるなら直接連絡くれてもよかったのに・・』
どこか嬉しそうな蓮の声にキョーコはほっとして、直接連絡すればよかったと思うほど、その声はやさしかった。


「あの、拓斗さんに自分の欠点を指摘されて、今のうちに何とかしないと数年後にスランプになると言われて、その・・私自身も実は不安に思うことがあったので、これを機会に・・・・」
まくしたてるような早口で一気に話すと、電話口から落ち着いてと囁かれ、キョーコは大きく深呼吸した。


『で、俺はどうすればいいのかな?』


「あぁ・・あの、無理でしたらきっぱりとお断りしていただいて問題ないのですが・・その・・・・2週間で良いので・・・私と付き合ってもらえないでしょうか・・。」


『付き合うって?・・どういうこと?』


「あ・・は、はい・・その、恋愛経験の少ないのと男性慣れしていないのは、いつか演技をする上で障害になる・・・といわれて、・・・あのよくわからないのですが、拓斗さんが言うには、敦賀さんだったら快く相手をしてくれると言うので・・ぁああの、忙しい方だからそれは無理だって、お伝えしたんですけど・・、大丈夫だから訊くだけ、訊いてみろと言われて・・その今に至っているわけですが・・」


『それはつまり男女交際の付き合うって意味で・・いいのかな?』


「は、はい・・あのでも貴重なお時間をいただくのに、私・・・何もお返しできないのでその2週間の間はもちろんお食事は作らせていただきますが、他にお礼ができないので、その・・敦賀さんが必要なときにはすぐにお伺いますから、その・・・・足りない分は体で払いますから!!!」
いつでも呼んでください、すぐに駆けつけますから と叫ばれて、蓮が硬直するのも無理はない。そんなことにも気が付かず、キョーコは突然訪れえた沈黙に不安になって声をかけた。


「・・あ、あの・・敦賀さん?、やっぱり無理でしょうか?」


『いや、大丈夫だよ・・スケジュールは社さんに代わるね』
口ごもるような声が聞こえ、少し不安になりながらも、大丈夫だと言われたことでいつの間にか止めていた息を吐き出した。


「はい、ありがとうございます。連絡お待ちしています。」