みのちゃんのブログ -5ページ目

すっかりご無沙汰してしまい申し訳ありません。

1月から2月にかけては母の入院と長女の体調不良が重なり、病院通いの毎日でした。


1月6日に入院し、8日に右膝の関節を人工関節に置換する手術を受けた母は、術直後こそ大きなダメージを受けていましたが、何とか順調に回復し、リハビリもほぼ予定通り進んで2月1日に退院出来ましたが、昨年10月から12月だけで4回も救急外来のお世話になった長女は1月もずっと体調が安定せず、1月中下旬の安定していた数日間、数ヶ月ぶりで通所し始めたデイケア施設でも吐血し、3時頃一般外来ギリギリに駆け込んだ後、検査の結果から入院指示が出て1月24日から3泊4日で入院治療を受けました。


長女は常時付添が必要な為、個室の病室で家内と私が交代で24時間張り付きました。




病室の入口から見たベッドとベッドと窓との間に置かれたレンタルベッド兼椅子のセット

幅が60センチくらいしか無くて、その幅に合わせた細長い布団もセットでレンタル業者から借りています。

椅子の背もたれ部分を椅子から引き出した足置きの上に載せ、それを2組組み合わせてベッドにします。

何回も利用しているので家内が早速組み合わさった形で、ずれないように引き伸ばした脚どおしを紐で固定して使っています。

全く身動き取れず寝返りも打てないのですが、相部屋の隙間に入れるもっと簡単なパイプベッドよりは格段にマシです。






そのベッドが置かれた方向から、入口方向をベッド越しに見ます。入口の扉にはガラス窓が開けられ、看護師さんや医師がいつでも中の様子を窺える造りとなっています。

入口の右側に見えるのが室内備え付けのトイレ。これが有るので男性である私も泊まり込みがしやすくなっています。

長女は32歳なのですが、自立して出来ることが一つも無いので、未だに完全看護が建前の小児科病棟へ入院します。もっともいつも私たちが付き添って薬の注入やおむつ交換など、殆どの介助は看護師さんの手を患わせることがありません。それなのに入院時には「付添願い」を署名捺印して申請しなければなりません(;^_^A


一度だけ個室が空いて無くて4人部屋に入院したことが有り、面会時間外の付添は女性に限られるので、泊まりはずっと家内が担当し、とてもタ大変だったことがあります。


個室だと例外的に男性の夜間付添が認められるのですが、夜間、付き添っているのがほぼ女性のみなので、廊下を歩いたり、共用のトイレを利用するのはとても気を遣います。室内にトイレがあるとそこで全ての用が足せるので安心です。トイレとベッドの間には独立した洗面台もあって電気温水器からのお湯も使えます。


この部屋の差額室料は1日13,500円ですが、部屋が比較的新しく綺麗なので納得出来ます。それに引き替え母が入院していた部屋は同じ病院でも一番古い病棟でしたから、この部屋よりもかなり狭くてボロボロなのに、それよりも1万円ほど高く、とてもその価値に見合わないモノでした。

母は27日間の入院だったので、退院時の支払金額は80万円弱もかかりました。すごく割に合わない金額だなと思いますが、スムーズな歩行を取り戻すためにはどうしても必要な手術で、無事に済んだから文句を言ってはいけませんね。


何とか短期間で退院出来た長女ですが、1週間も持たずに母の退院した2月1日から高熱を出して、咳き込むと少量の鮮血が混じるようになり、土日は我慢して予備的に処方された抗生剤と座薬の解熱剤を注入することで乗り切って、2月3日月曜日の通常外来で、予約無し検診に9時から出かけました。基本的に予約制になっているため、長時間待たされた挙げ句、やっと付けて戴いた先生からは血液検査と尿検査、そして点滴注入の指示を受けました。

その検査は最初から受けなければならないのが分かっているのですが、ナースセンターでは医師の指示が無ければ予備問診と体温を測るくらいしか出来ないので待ち時間が余計にかかります。

指示事項を先に出してもらえれば、待っていた1時間半くらいは無駄にならずに済んだのですが、それからもう一度検査の順番を待って、点滴に取りかかり3時間はタップリかかりました。

その途中で検査結果も出て、担当して下さった医師が主治医の先生とも連絡をしてくれ、別の抗生剤の処方を受け、点滴終了後、その薬を院外処方で受取り、戻ったら16時を回ってしまいました。点滴の途中で付添を家内に任せ、一度会社へ戻り、3日分の入金処理や両替などを済ませておいたので何とかなりましたが、さすがに疲れました。


ところが翌日もずっと状態が改善せず、排尿も24時間以上途絶えたので、夕方から再び救急外来へ訪れ、今度は入念なレントゲン撮影による検査も行いました。

長女のレントゲンの検査は到底独りで受けることがは不可能なので、昨年の10月からもう5~6回、私が鉛の防護服を着込んで支えながら撮影しています。被曝量もそれなりに上がりますが、そんな事を言っている場合では無く、長女はもっと大量被曝を受けています。


この日も5時間くらい掛けて点滴を注入して貰い、途中で排尿もあったので深夜に帰宅しました。


水曜日と木曜日はどうしても外せない仕事が続き、家内に独りで1日7回、一回ごとに1時間ほどかかる、輸液や栄養液の注入を頑張ってもらいました。


途中水曜日には、主治医の先生から呼び出しが入り、家内が自転車で駆けつけて指示と新しい薬の処方を受けてきました。その為、私も予定の集まりへ出かける直前まで、長女の投薬・胃瘻注入などの介助を勤めました。


金曜日は元々主治医の先生の予約済み定期検診が有り、そこでの最終診断は2009年12月に受けた逆流性食道炎を治すために一部が横隔膜より上に出ていた胃を下側に引っ張り、固定する手術の効果が薄れて、逆流性食道炎が再び始まっているのでは無いか。という見立てをして下さり、その場でその手術をして下さった小児外科の執刀医師へ紹介状を作成し、その先生の予約をすぐに取り、早めに受診するよう指示を受けました。


そこで取った予約が明日10日の11時からの検診なので、明日は又、病院へ向かいます。大雪なので車椅子搬送用スロープ付きのワゴン車を運転して出かけられるか心配していましたが、何とか大丈夫そうなのでホッとしています。

金曜日の定期受診日も明日の受診も長男の大学入試が有り、朝、長男を送り出してから病院へ向かうため、遅めの受診になるので明日も混雑する駐車場の入場待ちを含め、長丁場を覚悟して通院してきます。


主治医の見立て通りだったら、再手術をすることになりそうなので、又、苦しむ長女を何も出来ないまま見守る辛い思いをしなければならなくなりそうです。

今日は入院中の母の誕生日でした。

1月15日が成人式だったのはつい最近までだった気がしたので確認して見たら、1999年まででした。

つまり20世紀が終わると共に、変わっていたのですね。ハッピーマンデー法だかで、体育の日も東京オリンピックの開幕日であったあの10月10日から変わってしまった釈然としない法律です。


母は右膝関節の軟骨がすり減ってしまい、太ももと臑の骨の突端部が直に接する状態となっていて歩行する度に痛みが走り、それが現員で極度のO脚にもなっていたので、従前か人工関節への置換手術を主治医の先生から薦められていました。


その手術に耐えられる身体にするため、まず昨年心臓手術を受け、数ヶ月経過して受けた検診の結果、手術を受けられる目処が付いて年末押し迫った26日に家族も含めた担当医の説明を受けて。新年6日に入院し、8日に全身麻酔による手術を受けました。


右膝をに20㎝ほど切開し、上下の骨の突端部を切り落としそこへ特殊金属で作られた関節部を接着剤で貼り付け、その突端部に会わせて加工したプラスチックを軟骨代わりに挿入する手術です。


8日の手術は予定通り無事に終了したのですが、今日で85歳になった母には身体へ受けたダメージが大きく、術後2日間くらいは全身麻酔の影響もあって朦朧とした状態が続き、とても辛そうでした。


ようやく意識がハッキリし出した後も3日間ほどお通じが無く苦しんでいました。

それがようやく通じた後は、逆に紙おむつの世話にならなければならなくなり、つい2~3日前まで寝返りすら打てず、こんなに痛くて大変な思いをして受けた手術で余計に動けなくなってしまうのか?と不安になる程、弱っていた母でした。


それがここ数日でやっと元気を取り戻し始め、誕生日の今日はある程度落ち着いていて。本当にホッとしました。


入院中なので、大した物は贈ることが出来ないのですが、プレゼントに家内がフラワーショップで仕立てた小さな花かごを持ち込み、病室内の冷蔵庫の上に置いてきました。


コレカラリハビリに励み、少しでも楽に歩行が出来るようになることを願っています。


お墓参り

1月2日昼前から長女を車椅子のまま搬送出来る昇降スロープ付きアルファードに乗せ、家内と3人で多磨霊園にある義父母のお墓参りに出かけて来ました。

ずっと体調が悪く3ヶ月で4回も救急外来へ罹り、その期間は毎日の様に情緒不安定で一日中うなったり泣いたりしていることが多く、ずっとデイケアにも預けられなくなっていた長女は車に乗るのが好きで、この時も乗り込むまではしかめっ面をしてうなっていたのが、車が走り出してカーステレオから音楽が流れ出すのを聴くとすぐ静かになって嬉しそうな表情になりました。
生まれた日に産院による重大な見落としで引き起こされた重度脳貧血から脳細胞が何割も壊死してしまった長女は視覚神経を受け止める部分もダメージを受けて、正常な瞳孔反応があるのに盲目状態なのですが、見えなくても走行中の振動などから車で移動していることを感じ取っているようです。
...

昨年11月の義母一周忌以来の墓前でお墓の回りを清掃する家内。一通り清掃が終わり、墓前で手を合わせると、続けて長女をとても可愛がってくれた優しい義父母の前で長女の手を取って合わさせます。
長女も久しぶりに外出してお正月の清涼な空気を吸い、気持ちも良かったのか落ち着いた穏やかな顔を祖父母に見せる事が出来ました。

長女にとってかなり久しぶりのお墓参りは見守ってくれる義父母のご加護でうららかな日差しが温かく降り注いでくれました。

一番最後に墓前で手を合わせた私は亡き義父母に自慢の娘だった家内と他の健常な孫達と分け隔て無く可愛がってくれた長女始め、3人の子ども達をしっかりと大切に守り育てることを誓いました。






皆様へ 新年明けましておめでとうございます。

昨年中は色々とお世話になりましてありがとうございました。


ブログのアップも儘ならず極端に更新が少なく、ご訪問もおろそかになり大変申し訳ありませんでした。


本年も何とぞよろしく御願い申し上げます。



鉄板レストラン 目白大都会

日は、業界団体勉強会の役員会を私の会社で行い、その後、役員の慰労懇親会を高田馬場で1950年に創業し、今年になって目白へ移転開業された歴史有る鉄板レストラン「大都会」さん


オーダーしたメニューは1人前12,000円の目白コースを選びました。
目白コース 本日の前菜 3種盛り

フォアグラの鉄板焼き

〈魚料理〉
タラバ蟹とカレイとホタテのポアレ クリームソース 

サラダ 大都会ドレッシング

焼き野菜

〈肉料理〉
厳選黒毛和牛 (A5) フィレ 又は サーロイン 80g 
     
食 事
御飯、味噌汁、香の物  
又は
焼きたてパン 
又は 
大葉入りガーリックライス(プラス¥350)

デザート
コーヒー 又は 紅茶
(プラス¥100でカフェラテ、カプチーノに変更できます)

最終的な料金はアルコールを飲んだメンバーで一人15000円強。
年に一度の贅沢ですが金額に見合う大満足のコースでした。

とりあえずの生ビールもアサヒビールさんのプレミアムビール「熟撰」を奮発します。


最初の一品は本日の前菜 3種盛り








赤ワインも白ワインもしっかりとオーダーします。チョイスして下さったのは遠路名古屋から参加して戴いたEさん。ワインに対する造詣がとても深い方で、こういう時、とても頼りになります。


2品目はフォアグラの鉄板焼き
とてもジューシーでホクホク。文句なしに美味しかったです。
続いて〈魚料理〉
タラバ蟹とカレイとホタテのポアレ クリームソース 



素材の良さと鉄板で調合した2種類のソースがクリーミーで深い味わいの美味しさでした。

続いてはメインの肉料理とセットのサラダ。自家製ドレッシングが新鮮な野菜をひときわ美味しくしてくれました。


メインの〈肉料理〉は
厳選黒毛和牛 (A5) フィレ 又は サーロイン 80g 

から選択。7名の参加メンバーが選んだのはほぼ半々の4対3。どちらが4名だったかは忘れてしまいました(^_^;)

私はフィレをミディアムで頼みました。


お店、秘伝の3種のタレが供されるているのに無粋にも「ワサビ醤油」をリクエストしたメンバーがいて、全員にワサビ醤油も出されました。

サイコロステーキ状になっているので、折角だから4種のタレで味わいながら最上級A5のお肉を味わいました。どのタレもそれぞれ違った味わいで楽しめました。


鉄板でお肉を焼くときの肉汁を生かして炒めるガーリックライスはお店の大人気メニューです。

350円追加のオプションを迷わずオーダー。

この風味とパリパリ感は鉄板で無ければ出せない香ばしさです。


デザートには可愛らしいサンタクロースが鎮座していました。


イチゴと生クリームで形作られた優れものです。運良く私のお皿に載せられたこのサンタさんが一番可愛いお顔でした。


コーヒーをオーダーしない私はいつもミルクティーを飲みます。

高田馬場にお店があったときから使われている懐かしいカップソーサーでした。