結果 朝4時半から
鑑別と拡大検査の仕事。
金に全くならん(w)
コレは仕方はない。
現在この二個と格闘中。
また昨日弁護士と会い、恐らくあまり長生きできないだろうだろうと考え、遺言状を書き直して貰った。
年に一度実は遺言状を書き直してある、
自分の持病から考えるとね・・・・。
今は後見人12名の書類待ちだが、明日来る予定。
後見人ってだれかって?蒼々たるメンバーですよ(w)
コレなら息子が一人になってもやっていける。
黙ってくって行ける。
息子の好きにやればいいと思っている。
でもさ、なんだろ?
うん、まぁいいや(w)
死ぬまで Phd Dr Edward K Gubelin 先生までは行かなくとも、
それの十分の一はしたい。
そう思っている今日この頃です。
金に全くならん(w)
コレは仕方はない。
現在この二個と格闘中。
また昨日弁護士と会い、恐らくあまり長生きできないだろうだろうと考え、遺言状を書き直して貰った。
年に一度実は遺言状を書き直してある、
自分の持病から考えるとね・・・・。
今は後見人12名の書類待ちだが、明日来る予定。
後見人ってだれかって?蒼々たるメンバーですよ(w)
コレなら息子が一人になってもやっていける。
黙ってくって行ける。
息子の好きにやればいいと思っている。
でもさ、なんだろ?
うん、まぁいいや(w)
死ぬまで Phd Dr Edward K Gubelin 先生までは行かなくとも、
それの十分の一はしたい。
そう思っている今日この頃です。
ノルウェー産ペリドート 続報
早朝、兄の Dr Edwad Boehm 氏と話し合い、
内包物パターンが特殊である事を報告し、アメリカ本土GIA本校のライブラリーに問い合わせ
早急に JIM SIGLEY 氏との電話対談を行い、その後 裏電話にて 内包物エキスパートの
John Koivula (最大の悪友)との打ち合わせを行う。
記録があまりにないため、一度内包物撮影を行いたいとの事。
1月中旬に新型の顕微鏡が、John Koivula 氏 のオフィスに入ると言うことで
それを目処に一度アメリカ本土、研究室に委ねる事になりそうです。
あまりに特殊なため僕自身の能力だけでは産地同定にたいする100%確信がない上に(このケースを2~3例程度しか、見たことがない)
この貴重かつ希少な宝石を保持する自信がないためです。
場合によってはGIA本校に貸与、寄付を考えている状態です。
実はこのペリドート提供者が僕に下さると言うことで送って頂いたのですが、
今後のことを考え
私自身、適切なる場所で、適正な評価を受け、今後育つであろう若い方々に知られるべきものであると判断しました。
このことを踏まえ、一定期間検査を受けた後、のこのペリドートの貸与又は寄付を後々考えて行きたいなと考えています。
音ちゃん有り難う。
つか音ちゃんと又、話をせなアカンのだが(w)
90%位宝石話でちっとも前に進みそうにもありませんがな(w)
おんちゃん、実は俺、ペリドートマニアやってんけどな(w)
と言うことで6時間顕微鏡と格闘してフラフラになったあと、さっくり撮影した画像だけ掲載します。
ごっつ雑にしか撮ってないよ(w)
今日の晩真面目に撮るけどね。
Photo Courtesy BY DVGTL & CGC
Photo Courtesy BY DVGTL & CGC
Photo Courtesy BY DVGTL & CGC
余談。
閲覧している皆様。
このブログに置いている画像の肖像権、又は撮影者はブログを書いているDVGTL&CGCとジェムマイスターが所有しております故、許可無く転載、二次使用することは認めません、その行為は法に触れます故、よろしくお願いいたします。
On this blogging site photo has Photo courtesy . Photo Courtesy By DVGTL&CGC & MeisterGems
or each photographer, & Peasonal collector's Rights. & we have copy rights & All rights reserved by Law. This photo are protected by Law. Please do not use any where for this photo before we give permission.
DVGTLCGC & Gem Meister
余談の余談
実は僕の持病とjohn Koivra氏の持病が同じであり、
このはちゃめちゃな性格はこの病気から来るらしいです(w)
うはははは
二人してメチャクチャするのがよくわかりますわ
損な話で盛り上がりすぎた会話がありましたよ(w)
余談の余談の余談
おしっこ漏れそうになりながらこのブログを書いてるんですが、
最近トイレに行くのも面倒なので
アテントでも履いてやろうかと考えている最中です(w)
ま、多分やらないけど
友人は下水管を伸ばしてトイレを椅子にすればええやンと言い切りやがりました
しかも十数名
おめーら鬼畜か!(大笑い)
内包物パターンが特殊である事を報告し、アメリカ本土GIA本校のライブラリーに問い合わせ
早急に JIM SIGLEY 氏との電話対談を行い、その後 裏電話にて 内包物エキスパートの
John Koivula (最大の悪友)との打ち合わせを行う。
記録があまりにないため、一度内包物撮影を行いたいとの事。
1月中旬に新型の顕微鏡が、John Koivula 氏 のオフィスに入ると言うことで
それを目処に一度アメリカ本土、研究室に委ねる事になりそうです。
あまりに特殊なため僕自身の能力だけでは産地同定にたいする100%確信がない上に(このケースを2~3例程度しか、見たことがない)
この貴重かつ希少な宝石を保持する自信がないためです。
場合によってはGIA本校に貸与、寄付を考えている状態です。
実はこのペリドート提供者が僕に下さると言うことで送って頂いたのですが、
今後のことを考え
私自身、適切なる場所で、適正な評価を受け、今後育つであろう若い方々に知られるべきものであると判断しました。
このことを踏まえ、一定期間検査を受けた後、のこのペリドートの貸与又は寄付を後々考えて行きたいなと考えています。
音ちゃん有り難う。
つか音ちゃんと又、話をせなアカンのだが(w)
90%位宝石話でちっとも前に進みそうにもありませんがな(w)
おんちゃん、実は俺、ペリドートマニアやってんけどな(w)
と言うことで6時間顕微鏡と格闘してフラフラになったあと、さっくり撮影した画像だけ掲載します。
ごっつ雑にしか撮ってないよ(w)
今日の晩真面目に撮るけどね。
Photo Courtesy BY DVGTL & CGC
Photo Courtesy BY DVGTL & CGC
Photo Courtesy BY DVGTL & CGC
余談。
閲覧している皆様。
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余談の余談
実は僕の持病とjohn Koivra氏の持病が同じであり、
このはちゃめちゃな性格はこの病気から来るらしいです(w)
うはははは
二人してメチャクチャするのがよくわかりますわ
損な話で盛り上がりすぎた会話がありましたよ(w)
余談の余談の余談
おしっこ漏れそうになりながらこのブログを書いてるんですが、
最近トイレに行くのも面倒なので
アテントでも履いてやろうかと考えている最中です(w)
ま、多分やらないけど
友人は下水管を伸ばしてトイレを椅子にすればええやンと言い切りやがりました
しかも十数名
おめーら鬼畜か!(大笑い)
ノルウェー産ペリドートの簡易検査結果
ノルウェー産のペリドートが某お方から送られてきたので
鑑別途中結果
ペアシェイプ型、クラウン側パビリオン側両面ともチェッカーボードにしてあるためクラウン側正面からはパビリオン側正面からは内包物が解りづらいカットになっているが、とある角度で平面上の液膜INCが確認できる。
バイオマイクロスコープでの識別
液膜INCの中にウォーターリリーリーフインクルージョンとチタニウム系鉱物に起因するシルク~ルチルに近い内包物が見られるがウォーターリリーリーフインクルージョンが一定方向に配列している。
コレは結晶面に対して平行に配列しており、結晶成長面を想定できる状況である、
また2~3程アスベストとアンフィボール系らしきのモヤリとした細い紐状内包物が視認できる。
つまりこの段階から産地としてビルマ、パキスタン、インド、アメリカの鉱山からは除外される。
母岩に石綿系統のものが入らないからである。
イタリアでは石綿が付着した母岩の上でデマントイドGが成長するので
イタリアよりも北東部で産出したと考えられる。
三色性 明 黄緑 薄緑 黄緑の見かけの2色性が視認される。
屈折率ははからず、分光器で観察するとニッケルバンドが広域に確認される。鉄バンド弱
故にマグネシウムよりのペリドートとと測定される。
また強いダブリングが視認される故複屈折量は大きい。
恐らくヨーロッパ北部エリアのペリドートではないかという可能性が高い、
ガードルアベレージに波打が若干見られるが、コレは意図的なものであると判断される。
真、今日はこの程度で・
鑑別途中結果
ペアシェイプ型、クラウン側パビリオン側両面ともチェッカーボードにしてあるためクラウン側正面からはパビリオン側正面からは内包物が解りづらいカットになっているが、とある角度で平面上の液膜INCが確認できる。
バイオマイクロスコープでの識別
液膜INCの中にウォーターリリーリーフインクルージョンとチタニウム系鉱物に起因するシルク~ルチルに近い内包物が見られるがウォーターリリーリーフインクルージョンが一定方向に配列している。
コレは結晶面に対して平行に配列しており、結晶成長面を想定できる状況である、
また2~3程アスベストとアンフィボール系らしきのモヤリとした細い紐状内包物が視認できる。
つまりこの段階から産地としてビルマ、パキスタン、インド、アメリカの鉱山からは除外される。
母岩に石綿系統のものが入らないからである。
イタリアでは石綿が付着した母岩の上でデマントイドGが成長するので
イタリアよりも北東部で産出したと考えられる。
三色性 明 黄緑 薄緑 黄緑の見かけの2色性が視認される。
屈折率ははからず、分光器で観察するとニッケルバンドが広域に確認される。鉄バンド弱
故にマグネシウムよりのペリドートとと測定される。
また強いダブリングが視認される故複屈折量は大きい。
恐らくヨーロッパ北部エリアのペリドートではないかという可能性が高い、
ガードルアベレージに波打が若干見られるが、コレは意図的なものであると判断される。
真、今日はこの程度で・
マヤ遺跡に思う1990年モダンアートカット(兄弟は似るそして争う3Dビジョンは既に)
今日は兄であるEdward Boehmこと
EBとの究極の兄弟げんかを書いておこうと思います。
問題の争点となった代物はこれ
Phpto Courtesy by Robert Weldon Edward Boehm private collection. MAYAN TEMPLE CUT TM faceted by K Schäfer
1990年代半ば
兄のEBも僕もかなりユニークなものを探し続けていたのが現状で、
同じものを取りあうことも多かったわけです。
つまり同じような環境にいればこそ似てしまうものであり、
当時でより斬新なものを探していた時期です。
単純なシトリンですが、このなかに3D映像が出現するという(肉眼で視認可能)
奇特な事をやるのが流行った時期です。
とある日のアリゾナ州ツーソンでのこと
今やビリヤードで勝負したおす仲のCW君もこの話に出てきます。
CW君のブースでコレを眺めて30分箱から出して貰って悩む事30分。
「後で来るから。」
の一言を言いEBの元へ
EBと相談。
P「おかしいしおもろいのがあるのよな~」
EB「なんやねん俺忙しいねん。」
P「にーちゃんそんなんいうな、まぁ聞いてくれよ。」
EBに相談
あーなってこうなって ウンダスンダ
EB「時間あったら後で見に行くわ。」
P「その時間にそこ行くし、待っとくわ」
夕方。
CW君のブースへ行く、
EBはすでにCW君に小切手をねじ込もうとしている。
え
あ?
ちょっと待て、そんな話になってへんかったやろ!
(☄ฺ◣д◢)☄ฺワシャー
兄貴に向かって跳び蹴り!
P「おまーなにかってにやってんねやああああ!」
EB「うっせー俺がもう買うたんじゃ!」
P「やかましい言いながらてめーはそれか!弟はガキのつかいっぱしりか!」
EB「うるせぇ、はろうたもんの勝ちや!」
P「CWてめーいい加減しろ俺がかういうてたやんけ!」
CW「すまん、ねじこまれてもうた・・・。」
P「にーちゃんインボイス見せろ!」
インボイスには僕の名前が書いてあってその横にEBの名前。。。。。
P「EBてめー書き足したやろ!せこいんじゃぁぁぁ!」
EB「もんくあるんけー!」
P「よこせぼけー」
飛びかかろうにも背が高く届かない(涙)
EB「もう俺のもの~~~!」
P「EBてめー後で泣かす!」
EB「やってみさらせ~~~(w)」
P「CWてめーなんか次出せやっっ!」
CW「もうないねん・・・ごめん・・・」
(☄ฺ◣д◢)☄ฺワシャー
後日さんざんEBには仕返しをしましたが
EB自身の手に渡ってきちっとした論文が世に出て11年がたちます。
コレを研磨した作家自身がマヤの遺跡を見てインスパイアされ
立方体の中で複数の反射をさせ、3Dでマヤの遺跡をシトリンに閉じ込めるという手法の作品です。
自分で出来なくもないのですが、最初にコレをしたシェイファーさんの方が偉いわけで。。。
つまりこの時期からモダンアートとテクニカルメソッドが同居してくる様になったわけです。
あれから13年以上たち、EBと話すわけです。
お互い奪い合ったけどこれだけはお前に勝てたと。
あとは俺の負けっ放しだと・・・・
嘘付いてんんじゃねーよ(w)
で、話すこと1時間
まだこのピースは彼の手の中にあります。
この微妙なカラーグラデーションがあってこそ成り立つこのカット。
数年前に特許がおりたわりには生産されていません。
何故か?
宝石素材にに二度と同じものはないからです。
作る側も保持する側も大変なのです。
いつの日か取り返してやる、ぜってーな。
EBとの究極の兄弟げんかを書いておこうと思います。
問題の争点となった代物はこれ
Phpto Courtesy by Robert Weldon Edward Boehm private collection. MAYAN TEMPLE CUT TM faceted by K Schäfer
1990年代半ば
兄のEBも僕もかなりユニークなものを探し続けていたのが現状で、
同じものを取りあうことも多かったわけです。
つまり同じような環境にいればこそ似てしまうものであり、
当時でより斬新なものを探していた時期です。
単純なシトリンですが、このなかに3D映像が出現するという(肉眼で視認可能)
奇特な事をやるのが流行った時期です。
とある日のアリゾナ州ツーソンでのこと
今やビリヤードで勝負したおす仲のCW君もこの話に出てきます。
CW君のブースでコレを眺めて30分箱から出して貰って悩む事30分。
「後で来るから。」
の一言を言いEBの元へ
EBと相談。
P「おかしいしおもろいのがあるのよな~」
EB「なんやねん俺忙しいねん。」
P「にーちゃんそんなんいうな、まぁ聞いてくれよ。」
EBに相談
あーなってこうなって ウンダスンダ
EB「時間あったら後で見に行くわ。」
P「その時間にそこ行くし、待っとくわ」
夕方。
CW君のブースへ行く、
EBはすでにCW君に小切手をねじ込もうとしている。
え
あ?
ちょっと待て、そんな話になってへんかったやろ!
(☄ฺ◣д◢)☄ฺワシャー
兄貴に向かって跳び蹴り!
P「おまーなにかってにやってんねやああああ!」
EB「うっせー俺がもう買うたんじゃ!」
P「やかましい言いながらてめーはそれか!弟はガキのつかいっぱしりか!」
EB「うるせぇ、はろうたもんの勝ちや!」
P「CWてめーいい加減しろ俺がかういうてたやんけ!」
CW「すまん、ねじこまれてもうた・・・。」
P「にーちゃんインボイス見せろ!」
インボイスには僕の名前が書いてあってその横にEBの名前。。。。。
P「EBてめー書き足したやろ!せこいんじゃぁぁぁ!」
EB「もんくあるんけー!」
P「よこせぼけー」
飛びかかろうにも背が高く届かない(涙)
EB「もう俺のもの~~~!」
P「EBてめー後で泣かす!」
EB「やってみさらせ~~~(w)」
P「CWてめーなんか次出せやっっ!」
CW「もうないねん・・・ごめん・・・」
(☄ฺ◣д◢)☄ฺワシャー
後日さんざんEBには仕返しをしましたが
EB自身の手に渡ってきちっとした論文が世に出て11年がたちます。
コレを研磨した作家自身がマヤの遺跡を見てインスパイアされ
立方体の中で複数の反射をさせ、3Dでマヤの遺跡をシトリンに閉じ込めるという手法の作品です。
自分で出来なくもないのですが、最初にコレをしたシェイファーさんの方が偉いわけで。。。
つまりこの時期からモダンアートとテクニカルメソッドが同居してくる様になったわけです。
あれから13年以上たち、EBと話すわけです。
お互い奪い合ったけどこれだけはお前に勝てたと。
あとは俺の負けっ放しだと・・・・
嘘付いてんんじゃねーよ(w)
で、話すこと1時間
まだこのピースは彼の手の中にあります。
この微妙なカラーグラデーションがあってこそ成り立つこのカット。
数年前に特許がおりたわりには生産されていません。
何故か?
宝石素材にに二度と同じものはないからです。
作る側も保持する側も大変なのです。
いつの日か取り返してやる、ぜってーな。
バイオマイクロスコープ。 皮膚科の先生有り難う。
実は昨晩とある先生から面白いモノが届いた。
先生がご愛用されていた、細菌培養用後の培養物検査用の顕微鏡だ。
機体番号874821
kenis株式会社の Model DAE
というかなり簡易なのだが解像度はかなり高い顕微鏡だ。
鉱物や宝石を液浸でみれる実は簡易で便利なモノだ。
実はここ数日部屋のレイアウトを変えた
自宅でもスムーズに仕事が進めるためにだ。
先生いわく
「僕ももう年だ、来年で引退する事にした。今コレを君に使って欲しい。来年になったら最後の一台を君に渡したい。研究に使ってくれ。」
僕が中学生の時に初めてあったのだが、父が若い頃から40年以上のつきあいのある先生からだ。
有り難く頂戴させて頂き、デスクに並べてみた。
流石シンプルな形。
じつはこういうシンプルな奴が一番使いやすい。
ただし
宝石用の鑑別機材のように斜めには出来ないが(出来なくもないけれど)
非常に強い味方である。
先生有り難う。有意義に使わせて頂きます。
先生がご愛用されていた、細菌培養用後の培養物検査用の顕微鏡だ。
機体番号874821
kenis株式会社の Model DAE
というかなり簡易なのだが解像度はかなり高い顕微鏡だ。
鉱物や宝石を液浸でみれる実は簡易で便利なモノだ。
実はここ数日部屋のレイアウトを変えた
自宅でもスムーズに仕事が進めるためにだ。
先生いわく
「僕ももう年だ、来年で引退する事にした。今コレを君に使って欲しい。来年になったら最後の一台を君に渡したい。研究に使ってくれ。」
僕が中学生の時に初めてあったのだが、父が若い頃から40年以上のつきあいのある先生からだ。
有り難く頂戴させて頂き、デスクに並べてみた。
流石シンプルな形。
じつはこういうシンプルな奴が一番使いやすい。
ただし
宝石用の鑑別機材のように斜めには出来ないが(出来なくもないけれど)
非常に強い味方である。
先生有り難う。有意義に使わせて頂きます。
Gota de Aceite' effect コロンビア産エメラルドバタフライエフェクト2
前回説明したコロンビア産のエメラルドに見られる特徴的な
バタフライエフェクトの追加補足です。
Colombia. Boyacá 地区 La Pita mine,で 産出されたオーバルに研磨された
1.81ctのエメラルドに見られる
Gota de Aceite' effect
です。
まずは画像を。
40倍にて観察された画像です。
Photo Courtesy by Ron Ringsrud
これは完全に透明にみえるバタフライエフェクトの一つです。
成長線を追いかけてみていくと
非常に完璧で美しい成長パターンです。
かなりデリケートな成長を遂げた上で透明でなければければ、この柔らかな輝きを放たないのが
上質なコロンビア産のエメラルドの特徴です
エメラルド自身が持つあの柔らかな輝きとと情熱が感じられる一枚の拡大写真です。
けっこう興味深い話が書けたかな?
エメラルド
やっぱり面白いです。
明明後日ぐらいから当社WEBにて
いつも楽しいロン君の書いた本
The Emerald A Passionate Guide
筆者サイン入り、限定4冊を販売します。
2
バタフライエフェクトの追加補足です。
Colombia. Boyacá 地区 La Pita mine,で 産出されたオーバルに研磨された
1.81ctのエメラルドに見られる
Gota de Aceite' effect
です。
まずは画像を。
40倍にて観察された画像です。
Photo Courtesy by Ron Ringsrud
これは完全に透明にみえるバタフライエフェクトの一つです。
成長線を追いかけてみていくと
非常に完璧で美しい成長パターンです。
かなりデリケートな成長を遂げた上で透明でなければければ、この柔らかな輝きを放たないのが
上質なコロンビア産のエメラルドの特徴です
エメラルド自身が持つあの柔らかな輝きとと情熱が感じられる一枚の拡大写真です。
けっこう興味深い話が書けたかな?
エメラルド
やっぱり面白いです。
明明後日ぐらいから当社WEBにて
いつも楽しいロン君の書いた本
The Emerald A Passionate Guide
筆者サイン入り、限定4冊を販売します。
2
僕がこの仕事をを始めた理由。
少し写真の整理をして戸棚を開けたときに、保存していたモノが出てきた。
正直を言えばかくして保存していた。
というのが正解かなぁ。
ただのライター
実はそうじゃない。
ここに至るまでの経緯を記録と記憶として書いておきたいんで。
ちょっとエゴっぽい記事ですがご勘弁を。
18才の夏
母がFGAの資格取得の時に僕に化学式を聞いてきたことから始まったことで、
母が使っていた顕微鏡と見ていた宝石の中身を顕微鏡で見て、
「宝石の中に蜂が飛んでるやんけ!」
この事件から全てが変わっていったのが事実です。
高校の卒業旅行で両親に連れられアリゾナのツーソンへ旅立った。
FGAを取得した母が
カシミール産のサファイアが欲しいと言うことで旅立った旅行だった。
つたない英語でAGTAの中を走り回り、母の知り合いの同志社大学英文科の教授と一緒に探し回っていたときだ。
とあるブースに若い美男子の王子風の男に聞いてみた
「カシミール産のサファイアある?」
「あるよ。」
「見せて。」
「うん。いいけど。」
「これなんだ、初めて見た。親父とおかん連れてくる」
走り回って両親とその友達を連れてその男のブースへ行く。
よくよく話を聞くと
その男は母の尊敬していた博士の孫という。
Edwrd Boehm だった。博士の名は Phd Dr Edward J Gubelin
そんな事は僕は知らなかった。
とにかく値段交渉をし親父がJCBのカードで支払いをした。
値段交渉と支払いの交渉は僕だった。
Edward Boehmはその後勤めていた会社の社長にしこたま怒られたらしいが今日になっては笑い話になった。
その後僕は Edward に連れられ遊びに行った。
未成年だった僕だが二人で飲み回ってサボテンを二人で蹴り倒してた所までは覚えている。
親友になった。
その後僕はイギリスに渡り、EDWARDことEBが日本に来るたび帰国した。
EBの上司だったBill Larsonも親父のように感じ始めた。
みんなで加賀の温泉へ行き
「熱くてタマらねーぞおい!」とBillが大浴場を腰まで使って歩き回っていたのも思い出だ。
まるで兄弟のになった様な感じになった
兄ちゃんが出来た気分だった。
ある年の正月前、帰国し僕はFGAの資格の論文を書き、床へ付いた。
数時間後、家がおもいきり揺れ始めた。
阪神大震災である。
地震直後即電話をくれたのがEBだった。
ツーソンに行く予定だったがEBは即物資を送ってくれた。
コンテナ2つ分だった。
この電話の後、EBと電話をしてツーソン行く費用が浮いちゃったので2ctのNNのルビーを買った。
その年だったか翌年だったか、兄がおじいちゃんを連れて田崎真珠に行くから、迎えに来てくれと言う。
Edward J Gubelin 博士が 神戸に来る。
田崎真珠からの送迎を断り、僕を選んでくれたのだ。
大問題勃発だった(w)
母は卒倒しかけ、送迎の綿密なスケジュールを立てた。
僕の車と父の車と妹の車でEBと博士の乗る父の車に乗り、
先導を僕の車を運転する父の会社の従業員さん
後ろに妹の運転する車
父の運転する車の左右四方に護衛車を用意した。
その写真がコレだ。
田崎真珠までの
先生に色紙にサインを書いて貰い、
某ホテルで待つ。
又、ホテルから新幹線までの道のりを送迎する。
そのときに先生が、
「凄く助かったよ、必ず又会おう。孫を頼むよ。」
この一言で僕はアメリカへ行くことを決めた。
渡米
勉強しながらEBとのルームメイトならぬ兄弟生活が始まった。
その3ヶ月後、兄はアトランタへ引っ越す。
PalaIntelから独立し、自力で立ち上がるためだ。
兄を見送り父親代わりのBillの所で働きながら勉強をした、無論今や弟になったウィリアムとカールの面倒もみながらだった。
そして僕も世界を走り回るようになる、
世界一周の旅だった。
ドイツで1ヶ月その後スイスで一ヶ月先生のところでお世話になったのだ。
毎日が先生とのお話。勉強、技術、非常に充実した毎日だった。
ただこの一ヶ月
僕がタバコを吸っていることを隠し続けるのが辛かったが
僕がスイスを出る最終日HOTEL NACIONALから出る直前で先生が知ったのだ。
「え?君はタバコを吸うのかい?そこまで気を遣わなくて良かったのに。」
僕は答えた。
「いえ、コレは僕の修練です。先生の前では失礼が出来ません。」
先生は言う。
「いつもすまないね、今度来るときは堂々とタバコを吸いなさい。気にしなくてもいいから。また帰っておいで。」
涙が出る思いだった。
その後又兄のEBと共に世界を回る。
各国を回り
僕が日本へ戻る1年前にEBはサンディエゴに戻ってきた。
そして僕は日本へ戻り。
僕は独自路線を、兄は王道の道へ進む。
ただしお互い離れることはなかった。
あくまでも兄、尊敬する学者でありディーラーのままだった。
数年後
母を連れてドイツ、スイスと周り
先生と兄と母と僕で昼食を食べた。
数年後、意識のはっきりされたまま、先生は他界した。
そして先生の亡くなったあと
先生が必ずポケットに忍ばせておられたライターと時計を形見分けで頂いた。
未だに僕はこのライターを使ったことがない。
やはり先生の前ではタバコが吸えなかった。
いつの日か、このライターでタバコの火を付けようと思う。
自分が全て納得した日に
このライターでタバコを吸えるだけの人間になりたいと思う。
正直を言えばかくして保存していた。
というのが正解かなぁ。
ただのライター
実はそうじゃない。
ここに至るまでの経緯を記録と記憶として書いておきたいんで。
ちょっとエゴっぽい記事ですがご勘弁を。
18才の夏
母がFGAの資格取得の時に僕に化学式を聞いてきたことから始まったことで、
母が使っていた顕微鏡と見ていた宝石の中身を顕微鏡で見て、
「宝石の中に蜂が飛んでるやんけ!」
この事件から全てが変わっていったのが事実です。
高校の卒業旅行で両親に連れられアリゾナのツーソンへ旅立った。
FGAを取得した母が
カシミール産のサファイアが欲しいと言うことで旅立った旅行だった。
つたない英語でAGTAの中を走り回り、母の知り合いの同志社大学英文科の教授と一緒に探し回っていたときだ。
とあるブースに若い美男子の王子風の男に聞いてみた
「カシミール産のサファイアある?」
「あるよ。」
「見せて。」
「うん。いいけど。」
「これなんだ、初めて見た。親父とおかん連れてくる」
走り回って両親とその友達を連れてその男のブースへ行く。
よくよく話を聞くと
その男は母の尊敬していた博士の孫という。
Edwrd Boehm だった。博士の名は Phd Dr Edward J Gubelin
そんな事は僕は知らなかった。
とにかく値段交渉をし親父がJCBのカードで支払いをした。
値段交渉と支払いの交渉は僕だった。
Edward Boehmはその後勤めていた会社の社長にしこたま怒られたらしいが今日になっては笑い話になった。
その後僕は Edward に連れられ遊びに行った。
未成年だった僕だが二人で飲み回ってサボテンを二人で蹴り倒してた所までは覚えている。
親友になった。
その後僕はイギリスに渡り、EDWARDことEBが日本に来るたび帰国した。
EBの上司だったBill Larsonも親父のように感じ始めた。
みんなで加賀の温泉へ行き
「熱くてタマらねーぞおい!」とBillが大浴場を腰まで使って歩き回っていたのも思い出だ。
まるで兄弟のになった様な感じになった
兄ちゃんが出来た気分だった。
ある年の正月前、帰国し僕はFGAの資格の論文を書き、床へ付いた。
数時間後、家がおもいきり揺れ始めた。
阪神大震災である。
地震直後即電話をくれたのがEBだった。
ツーソンに行く予定だったがEBは即物資を送ってくれた。
コンテナ2つ分だった。
この電話の後、EBと電話をしてツーソン行く費用が浮いちゃったので2ctのNNのルビーを買った。
その年だったか翌年だったか、兄がおじいちゃんを連れて田崎真珠に行くから、迎えに来てくれと言う。
Edward J Gubelin 博士が 神戸に来る。
田崎真珠からの送迎を断り、僕を選んでくれたのだ。
大問題勃発だった(w)
母は卒倒しかけ、送迎の綿密なスケジュールを立てた。
僕の車と父の車と妹の車でEBと博士の乗る父の車に乗り、
先導を僕の車を運転する父の会社の従業員さん
後ろに妹の運転する車
父の運転する車の左右四方に護衛車を用意した。
その写真がコレだ。
田崎真珠までの
先生に色紙にサインを書いて貰い、
某ホテルで待つ。
又、ホテルから新幹線までの道のりを送迎する。
そのときに先生が、
「凄く助かったよ、必ず又会おう。孫を頼むよ。」
この一言で僕はアメリカへ行くことを決めた。
渡米
勉強しながらEBとのルームメイトならぬ兄弟生活が始まった。
その3ヶ月後、兄はアトランタへ引っ越す。
PalaIntelから独立し、自力で立ち上がるためだ。
兄を見送り父親代わりのBillの所で働きながら勉強をした、無論今や弟になったウィリアムとカールの面倒もみながらだった。
そして僕も世界を走り回るようになる、
世界一周の旅だった。
ドイツで1ヶ月その後スイスで一ヶ月先生のところでお世話になったのだ。
毎日が先生とのお話。勉強、技術、非常に充実した毎日だった。
ただこの一ヶ月
僕がタバコを吸っていることを隠し続けるのが辛かったが
僕がスイスを出る最終日HOTEL NACIONALから出る直前で先生が知ったのだ。
「え?君はタバコを吸うのかい?そこまで気を遣わなくて良かったのに。」
僕は答えた。
「いえ、コレは僕の修練です。先生の前では失礼が出来ません。」
先生は言う。
「いつもすまないね、今度来るときは堂々とタバコを吸いなさい。気にしなくてもいいから。また帰っておいで。」
涙が出る思いだった。
その後又兄のEBと共に世界を回る。
各国を回り
僕が日本へ戻る1年前にEBはサンディエゴに戻ってきた。
そして僕は日本へ戻り。
僕は独自路線を、兄は王道の道へ進む。
ただしお互い離れることはなかった。
あくまでも兄、尊敬する学者でありディーラーのままだった。
数年後
母を連れてドイツ、スイスと周り
先生と兄と母と僕で昼食を食べた。
数年後、意識のはっきりされたまま、先生は他界した。
そして先生の亡くなったあと
先生が必ずポケットに忍ばせておられたライターと時計を形見分けで頂いた。
未だに僕はこのライターを使ったことがない。
やはり先生の前ではタバコが吸えなかった。
いつの日か、このライターでタバコの火を付けようと思う。
自分が全て納得した日に
このライターでタバコを吸えるだけの人間になりたいと思う。
今日このまま天気が悪いままでお願い!
そろそろ真面目に写真を撮りたいのですが、
如何せん太陽光の照る日が数日続きましたね。
実はこういう日は撮影には不向きです。
宝石の写真を撮るには絶対駄目な太陽光、
本来ならばフォトラボもジェムラボも太陽光入れないんですよ。
つまりは
不確定要素になるモノは全て遮断。
と言うことなんですね。
一番良いのは窓のある壁に両面テープでべりべり剥がせるマジックテープを貼って完全遮光カーテンを張り浸けて、完全に太陽光が入ってこない状態にしたいのですが
南向き窓全長8~12m
結構僕的には致命傷です。
だから撮影は深夜に行うんですが撮影場所の広さ的に12畳欲しいんですよね(w)
それでも照明の癖で微調整をパソコンでしなけりゃいけない。
それも結果どれで調整するかというと、
まずモニター調整でEYEONEを使うんですけれどもね。
まぁ
先輩からの頂き物なのですが・・・
ここ数日でかなり細かい調整が出来たので感謝している最中です。
RAWFILEから弄るのにその辺の調整が若干ずれてましたね。
まぁごく微妙な数値だったんですが
やっぱりコレかぁと言うのはありました。
さぁ真面目に撮影しましょうか!
如何せん太陽光の照る日が数日続きましたね。
実はこういう日は撮影には不向きです。
宝石の写真を撮るには絶対駄目な太陽光、
本来ならばフォトラボもジェムラボも太陽光入れないんですよ。
つまりは
不確定要素になるモノは全て遮断。
と言うことなんですね。
一番良いのは窓のある壁に両面テープでべりべり剥がせるマジックテープを貼って完全遮光カーテンを張り浸けて、完全に太陽光が入ってこない状態にしたいのですが
南向き窓全長8~12m
結構僕的には致命傷です。
だから撮影は深夜に行うんですが撮影場所の広さ的に12畳欲しいんですよね(w)
それでも照明の癖で微調整をパソコンでしなけりゃいけない。
それも結果どれで調整するかというと、
まずモニター調整でEYEONEを使うんですけれどもね。
まぁ
先輩からの頂き物なのですが・・・
ここ数日でかなり細かい調整が出来たので感謝している最中です。
RAWFILEから弄るのにその辺の調整が若干ずれてましたね。
まぁごく微妙な数値だったんですが
やっぱりコレかぁと言うのはありました。
さぁ真面目に撮影しましょうか!