さんまのシッポ -3ページ目

退院しました!元気です

手術無事に終わり、
思っていたより痛みも少なく、
腫瘍もおそらく良性とのこと!!

前回別の手術のときは、
麻酔から覚めたとき、人生で一番、死ぬかと思うくらい不快でしたが、
今回は、眠り姫が目が覚めたときのような目覚め。(本人妄想さすがに王子さまのキスで、とかキモくて言えない。笑)
麻酔の辛さがなかったのが本当にラクだった!


そして、手術の夜も、痛くて一睡もできないという、前回のようなこともなく、ばっちり7時間くらい睡眠!!

神様ありがとう!!!




先生の腕がよく、傷が小さく済んだのと、
強い麻酔を使ってくれたのが、
痛みが小さかった理由みたい。
(前回は、末梢神経ブロックのみ。今回は、硬膜外麻酔)

これについては、調べて、また詳しく書きますね!

こんなに辛くないなら、もう1回くらいなら手術耐えられるかもというくらいの辛さでした。
でももう病気はこりごりだけど!!


摘出した卵巣嚢腫は7センチもあったそう!
検査より2センチ大きかった、、、
捻転こわいし、早めに摘出して本当によかった。。



今回手術前に神様に3つお願いしました。
●痛みが前回より小さいように
●麻酔で辛い思いをしないように
●良性であるように

3つとも願いを叶えてくれた神様たち、
本当にありがとうございます!!

(キリスト教と、佐野厄除け大師、寒川神社、愛宕神社、鹿島神宮、鹿島神社、、、とにかく拝みまくって、部屋はおふだだらけだぜ!)


そして、傷小さく、麻酔をうまく、やってくれた、先生たちに感謝です!!!
本当にあいつらゴッドハンドだったぜ!
みんな忙しそうで、ゆっくり話せなかったけど、本当にありがとうございました!

ブログを読んでくださる皆様も、ご心配、応援、本当にありがとうございました!


話が長いのは、頭が悪い証拠

数ヶ月前の自分のつぶやきが、
自分の発言ながら的を得ていたので
こちらにもメモしておこうと思います^_^


「自分の話が長いなぁと反省する。
話が長いのは、頭が悪い証拠。
ズバッと端的に言いあてて、
聞く人の心をズキュンとさせたい。
悔しくて半年ぶりに1本タバコ吸った。」


私、話長いんだよなぁ。
昔から。
それって一言で言い当てられなくて、
言葉をどんどん足してしまうから。

新聞記事みたいに全部の単語を
短く機械みたいに語る必要はない。
ちゃんと伝えたいところは長くてもよいけど、
どうでもよいところは短く。

メリハリをつけて話せるようになりたい。



かわいい看護師さん

卵巣嚢腫で入院中です。

前回の入院時もそうですが、入院中は、
いつも枕元に、家族やペットの写真を貼ります。

術後は1日中、寝たきりのときに、
元気なときの写真を見えると、また元気になっていろいろやりたい!と鼓舞されるので。


今回は、ヨーロッパで結婚式を挙げたときの写真を貼っていました。




この病院の看護師さんは、みんなびっくりするほど美人さんばかりです。
こんな美人に看病してもらうなら、追加料金払いましょうか??
ってくらい美人ぞろい。笑

メイクもバッチリされていて、まつ毛が長い。
頭ボサボサ(3日間洗ってない)で、目もショボショボ(メイクしてないからと言いたいがただの元から。。笑)のこちらが、
恥ずかしくなるくらい美人さんたち。



そんな看護師さんたちも年頃のようで、
結婚式の写真を見ると、「海外?どこで結婚式されたんですか?」と声をかけてくださります。


さぞかしきれいな花嫁さんになるんだろうな〜と
ただの変態おばさんのような視点で、
彼女たちに目を向けるわたし。


2年目くらいの若い看護師さんが聞いてきました。


「海外ウェディングって、何日くらいでいけるんですか?」
「写真撮影もプランに含まれてるんですか?」
「やってよかったなぁと感じますか?」


テキパキと仕事モードだった看護師さんが、興味があったのか、いろいろ質問してくれました。

その少女っぽさが、もう、かわいくてたまりません(相当キモイなこの文章)



質問したあとに、「まだ相手もいないんですけど」とご謙遜。


あんた本当に美人だから、これこそ本当のご謙遜だよと、もはや自慢の孫娘でも見守る気分のわたし。笑)




看護師は出会いが少ない職場とか、医者の奪い合いとか、言うけど、
わたしがもし男で、入院先にこんなかわいい看護師さんがいたら、病床ナンパしちゃうかも。。

いや、する勇気ないかな、、
いや、しなきゃもったいないだろ、、


と思うくらい、
美女ぞろいの病棟ライフなのでした。

報告と決意といろいろ

あしたは卵巣嚢腫の手術。
いやだ〜!

どうか思ってるより痛くありませんように。
夜眠れますように。
そして、良性でありますように!!

良性だったら、あとは傷を治すのみだー!
いろいろやりたいことやるんだ!


そんな中、トンチンカンな報告ですが、
シンガポールの会社にライター職で内定もらいました。
年収も悪くない。

でも、この状況じゃ、治ってすぐ仕事辞めて、1人で渡星は難しいかなぁ。。

周りに迷惑や心配かけちゃうし。


旦那さんもシンガポールの会社を受けていて、いま一次の結果待ちです。
なかなか連絡こないから、ダメなのかなぁという状況なのですが。。


もし受かったら、一緒にシンガポールに移住したいと思います!!
旦那さんの採用条件も悪くないから、そこそこな生活できそう。


ダメなら、日本ライフ。
日本も最近は、仕事やプライベートや副業やいろいろ楽しいんだけどね、

でもいま手術前日に、仕事から離れてフラットに自分がなにやりたいか考えると、

せっかくもらったシンガポールのライター職で、旦那さんと一緒に、シンガポールライフをスタートさせてみたいな!!



ちなみに、旦那さんは、香港と上海も受けてるから、シンガポール落ちたあと、香港か上海の会社に転職する可能性もありです。笑


香港は行きたい!

上海は微妙だけど、駐在案件で、帰国後も日本の待遇が良いので、受かったらそれはそれで、という感じ。笑
上海の会社は、私が辞めた会社の親会社だから面白い!笑

受かったら、旦那さんもなぜか広告業界の人になります。笑



いろいろ夢を語りましたが、
まずは明日の手術!!!

いまから病院に戻ります。
術後しばらくは、体の自由も効かなくなるので、先生に無理いって外出許可もらい、病院周辺を散歩してきたので、写真のせます。

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御成門あたり、雰囲気よくて好きになりました。
手術や病気になったのは、最低だけど、

お気に入りのエリアやお店ができたのは、よかった!(^ ^)

良性で、再発もせず、もう病気には用無しになって、ただのお出かけとして、
レストランやカフェ、パン屋さん、また来たいな!!!

あしたいよいよ入院!

卵巣嚢腫で手術です。。
思ったより辛くありませんように。。

今週働きすぎで背中いたっ!
寝たきりでさらに体がガチガチになりそう。。

手術は来月

以前、病気のこと書いてたので、
報告のせておきます。

卵巣嚢腫、結局、手術することになり、
手術は来月6日になりました。



手術イヤです!!

でも、これが終わればやりたいこと、たくさんできる!

そう考えると乗り越えられそうです。
また痛そうだけど、、
イヤだなー全身麻酔とか思うけど。。


がんばります!

過去の自分と、未来の自分

コピーライターになりたかった頃に
お世話になってた宣伝会議の人に会いました。

10年くらい前かな。


私以外にも、数え切れないほどの受講生を見届けてきた人。

私以外にも何百人という受講生をみてきた。
いろんなライターの人生をみてきた。


過去の私を振り返り、
これからの私の方向性を考える、
ヒントをもらいました。

広告をまたやるのか、広告以外をやるのか、
会社員をやるのか、やらないのか、

ライターをやるのか、企画で違うことやるのか。

日本で仕事するのか、海外を目指すのか。



これからどうやって生きていこう。


運命だったかもしれない人とデートした 最終回

ブログのアクセス数がささやかに伸びてます。
本シリーズ、お読みくださった方々ありがとうございます。

最終回です。
と言っても最終回はそんなに盛り上がりません。
ドラマでいうと、最終回はがっかりで視聴率落ちるパターンです笑
逃げ恥みたいにはいきません笑

わたしとOさんはお店を出ました。
最後は店を混雑で追い出される形となりました。

わたしは体調不良もあるので
一軒目で帰るつもりでしたが、
いざ一軒家が終わると話し足りず、
二軒目に行くことになりました。

街は年末。
どの店も混んでいてなかなか入れませんでした。
Oさんの後ろ姿にわたしはついていきます。
私服の彼は、背が高く、ハットがとても似合っていました。
ふと、こんな彼といつも一緒にいられる奥さんは羨ましいなと思ってしまいました。

二軒目、ようやく入れた店でまた2時間ほど話し、「そろそろ帰りますか」と彼は言いました。
わたしも、だんなさんから仕事を終えて帰宅したとメールがきていて、帰る時間でした。

駅までなんてことない会話をしました。
彼は「香港(海外転勤先)に遊びにきてください。仕事でもいいし、プライベートでもいいし。」といいました。
わたしは、当面仕事では行かなそうなので、「プライベートで行きます。香港競馬を見にいきたいし」といいました。
本当に香港に行って、彼と普通にご飯でも食べて、また語れたらよいなと思いました。


でもよく考えると、わたしが旅行にいくときは、いつもだんなさんと一緒です。
彼とはやましい関係ではないので、彼を会社の同僚として、だんなさんに紹介することはできますが、彼もだんなさんも人見知りで会話が盛り上がるとは思えないし、なによりわたしが両方に気を使い彼との語りを楽しめません。

わたしが香港で彼とごはんする日は来ないのかなぁ、と話しながら頭の隅で思いました。

彼は「帰国も頻繁にしそうだから、帰国時も飲みにいきましょう」と言いました。
わたしも、また彼と飲みたいなぁと思いました。



話しているうちに改札に着きました。
「じゃあここで!」

わたしは手をさしだしました。
わたしは海外に住みたい人間なので、日本でもスキンシップを大事にしたい派です。
日本人同士とはいえ、握手くらいは積極的にしていきたい。ここぞというときには、握手を求めるようにしています。


わたしが手をさしだすと、
彼は手を握るとともに、
わたしを抱き寄せてハグしました。


そして、「それじゃ!」


まるで海外で仲間と別れるときのように、一瞬ハグをし、わたしたちは、手を振って明るく別れました。

彼と飲むのは、というか話すのは、2ヶ月ぶりだったので、わたしは彼がいなくなるさみしさよりも、彼と久しぶりに話した楽しさで、いっぱいでした。

でも、いざ別れて、家路につき、お風呂に入って、布団に入って、ぼんやり考えていると、
少しずつさみしい気持ちが芽生えてきました。
そして、それは、ここに書いてきた彼とわたしの微妙な距離感、「たぶんお互い早く出会っていれば、運命だったんじゃないか」という直感でもありました。


なんども言いますが、彼はわたしにとって三人目の運命を感じた相手(だんなさんは二人目)で、今世では結ばれなかった人です。
前世や来世では結婚してた気もする。
でも間違えないことは、今世では結婚する運命にはなかったのです。
彼には愛する妻と子どもがいて、わたしには愛する夫がいる。
わたしたちは、そのあとに出会っているし、愛する家庭を壊してまで、相性の良さや、お互いの特別感を追求するつもりはないのです。



彼とわたしのデートの話はこれでおしまいです。
わたしはいろんな気持ちに整理をつけたく、またどこかに書き残したく、このブログにすべてを書きました。

最後にわたしが彼に翌日送ったメールを掲載しようと思います。
ここには、今できる限りの言葉で、わたしの気持ちを彼に伝えました。
彼がこのメールを深く受け止めようと、読み流そうと、どちらでもよい。
ただ、わたしにとって彼が特別であり、昨夜が貴重だったことを、残したかったのです。


そういえば昨夜は、彼の送別なのに、気の利いた送る言葉もなかったわたし。たぶんそれはわたしなりの照れ隠しで、彼を好きになりたくなくて、彼に隙を見せられなかったから。

だから、最後にひとこと素直に気持ちを伝えたかったのです。もし「彼にとってもわたしが特別な存在」なら、きっとこのメールにピンとくるだろうと思いました。
実際、ピンときたのか、なんだか暑苦しいメールだなと思われて終わったかは、わかりません。
でもわたしは、なんとなく、彼にはちゃんと伝わっているように感じています。
10月から2ヶ月間会話さえしてなかったわたしを、出発前の貴重な時間に飲みに誘ってくれた、あのときのように。。。

以下送ったメール。


「Oさん、きのうはありがとうございました送別の予定が、逆にわたしの方が励ましていただいてしましたが(おでんご馳走になっちゃったし、、)とても楽しくて、元気でました✨✨

なんか帰ってから、Oさんいなくなっちゃうのが、さみしくなりましたー笑 
出発前の貴重な時間に、独り占めで時間とってもらえて、うれしかったです✨✨

香港で英語ぺらぺーらになって、念願の海外生活で、豊かな人生経験をつんできてくださいね
そしてまた帰国時にお話し聞かせてください

会社にあんまり友達いらないと思ってたんですが、今年はOさんと仲良くなれたので、いろいろありましたが、ある意味いい年でした

残りの日本ライフ満喫して、新生活頑張ってください」


2016年は、わたしにとって、病気して最悪な年だった。だけど、Oさんと仲良くなれたことが、最悪な去年をいい年と少しだけ思えるくらい、ある意味特別な出来事だった。
会社で友達いらないと思ってたわたしにとって、ビックリした出会い。



最後まで読んでいただき、ありがとうございました。

運命だったかもしれない人とデートした2

こうして、私は、
海外転勤が決まった同僚Oさんと、
二人で飲みに行くことになったのでした。
(今回の投稿からOさんと呼ぶことにします。実際、普段もさん付けで呼んでいるので)

Oさんは先に店についていました。
店に入ったとき、私はすぐに彼を見つけられませんでした。
なぜなら、彼は私服だったからです。
彼は転勤前なので、一足早く年末休みに入っていました。

出発前の貴重な数日、
しかも、お休みの日を、
「ただの同僚」の私に割いてくれたことが、
(2か月近く話してなかったし、私は彼の中でその程度のポジションと思ってた)
私は内心とても嬉しかった。



さて、店に入り、よくカウンターを見渡すと、
彼の後ろ姿がありました。
Oさんは、髪がありません。笑
スキンヘッドです。笑
※ちなみに年は私の2歳上です(向こうは私をもっと年下と勘違いしていたようですが)
髪型は特徴的なので、後ろ姿でわかりました。


彼はデニムシャツをきていました。
「休日らしい服装だな^_^」
と私は思いました。
会社帰りに飲みに行った前回より、プライベート感が感じられました。

私が彼の肩をたたくと、
彼は振り返りました。
私がコートをかけにいくと、
彼も立ち上がり、私のコートをかけてくれました。


立ち上がると彼の服装がわかりましたが、
彼の私服は意外とおしゃれでした。
(あとで店をでたらカウチンコートをはおり、ハットもかぶっていて、オシャレすぎずラクさも大事にしたファッションは、とても彼にあっていました)
※私自身は、病気発覚でとにかく暖かさ重視の服できていたので、「もう少し、オシャレしていけば良かったかな」と後から思ってます。。笑


彼は身長が190近くあります。
立ち上がると改めて背の高さを感じました。


「ジェントルマンですね」
コートをかけてもらった私は照れ隠しに言いました。




それから、まずカウンターに並び、
彼は旅行土産をくれました。
転勤前に奥さんと2人で行ってきた、九州旅行のお土産です。
私も、先週旦那とドライブした時に買っていた限定エビセンを渡しました。
※彼は25歳で若くして結婚し、奥さんと2人の小学生の娘がいます。


九州旅行について聞きました。
彼は超おしゃべりで、根は真面目な性格です。
そして彼の奥さんは、彼と反対にクリエイター気質で、仕事ができる、内向的な性格です(彼に対しては相当強気らしいけど笑.)
彼は奥さんの話をよくします。
「ウチの奥さんは、こんな人で、こんなに変わってて」とか「奥さんが怒って、僕はこんなにひどい扱いを受けて」とか面白おかしく。

そこには、ユーモアがあり、家族愛があり、奥さんの人間性が感じられ、なにより彼の人柄が見られます。
はじめて2人で食事したときも、
私はそんな彼のおしゃべりぷりを見て、
「ただの会社の人」という距離感から、一気に距離が縮まり、私も心のたがが外れ、
他の会社の人には話さないような夢の話や、本音を気づいたら笑いながら話していました。
10年来の友達のような感覚で。



その後、話は私の体調の話に移りました。
彼は私が流産したこと、胆嚢手術をしたこと、卵巣嚢腫でまた手術になることなど知っています。
でも楽しいお酒の席で、どこまで暗い話題をしてよいものか、私には遠慮の気持ちがありました。

だから、いろいろ聞かれたけど、最初のうちは、なるべく明るく受け流すようにしていました。

しかし、彼はあくまで明るく、「たとえいい話じゃなくても真摯に私の話を聞きたい」というそぶりでこちらを向いて、いろいろ質問してきます。 

気づけば私は、この数ヶ月間の不運や、大変だったこと、今の不安を1つ1つ話しはじめていました。

私が今一番不安なのは、卵巣嚢腫が本当に良性なのかということです。
実際、Oさんに会う前々日にも医者にものすごく脅され、不安な気持ちを隠していました。

Oさんと話して安心した私は、気づけば、Oさんに不安をそのまま話していました。
時々、私は話しながら、不安が蘇り、Oさんの目をジッと見ながら、「ヤバイですよね、どうしよう〜!」とパニクりました。

Oさんも一緒に、ヤバイヤバイと混乱しているようで、
でもなんだかその雰囲気に私は笑ってしまい、
不安な気持ちが紛れました。

私は絶対に癌では嫌ですが、癌の人も笑うと病気の進行がおそくなると聞きます。
本当にそうかはわかりませんが、私もその瞬間、病気のことは忘れて、本心で笑えていました。




彼は背が高いので、
足もそれなりに長いようです。
狭いカウンター席は、足が窮屈なのでしょうか。
(年末なのでテーブル席は空いてませんでした)

彼は私の方に膝を向けて座り、
ときどき、その膝が触れ合うときがありました。
しばらくぶつかっているときもありました。
話に夢中だった私は、
なるべくそれに気づかないようにしました。
彼も意識してのことなのか、まったく気づいていないのかわかりません。

だけど、私は意識したら、ドキドキしてしまいそうで、彼を好きになってしまいたくなくて、
気づかないようにしました。



私と彼は、もしお互いに相手がいなければ付き合ったと思います。
結婚したかもしれません。
でも私が知り合ったのは、奥さんとこどもを大事にする彼です。
彼の楽しげな話ぷりを聞いて、私は会話に登場する彼の奥さんにも親しみが湧いています。
そして私自身は誰よりも今の旦那さんのことが大好きです。



大切な人や、何より自分たち自身を傷つけてまで、した方がよい恋なんてありません。
私たちは、どんなに気が合っても、
どんなに話やすくても、
どんなに居心地よくても、
やはり今世では運命ではなかった。

前世や来世ではわかりませんが、
今世は違う相手と結ばれて、
違う人生を生きているのです。




眠くなったので続きはまた書きます。

運命だったのかもしれない人とデートした1

たいしてアクセス数も高くないこのブログですたが、以下の記事には多めのイイネをいただいていました。

三人目の運命の人が現れた件 | さんまのシッポ

/sanma-shippo/entry-12218500456.html

今日はその続きのできごとがあったので、報告します。

旦那には見せられねー。。笑

はじめに言っておきますが、
わたしの最愛の人は旦那さんで、
旦那さんと結婚して本当によかったし、
今わたしがわたしらしくいられるのは全て旦那さんが支えてくれるおかげです。
いまから話す相手にも奥様がいて、
彼も奥様のことが大好きです。
その上で、きもちを書きます。


きのう、上の記事で書いた、
三人目の運命の人と、
二人で飲みに行ってきました。
デートみたいでした笑

と言っても理由はちゃんとあります。
その人が念願だった海外転勤をすることになり、送別飲みだったのです。


彼の海外転勤は、10月ごろに決まり、
彼には10月から飲みに行こうと言われてました。
というのも、彼と私は一緒に社外の英語サークル通い、
海外勤務の夢を語り合ってきた仲でした。

だから、彼の海外転勤が決まり、
それについて積もる話があるのは、
自然な流れでした。

私は、8月に手術をし、
10月に仕事復帰したばかりでした。
仕事復帰すぐの10月はまだ術後の後遺症があり、外食は体力的にも、消化的にも、難しい状況でした。

「飲みは11月がいい」
彼に伝え、私の体力が回復してから行くことになりました。


11月になって、げんきになってきた私は
彼の都合を聞きました。
すると彼は
「送別会がたくさん入ってしまい、11月は忙しい」とのことで、12月に行くことになりました。


12月に入り、私はタイミングを伺っていました。
彼は、海外出張に行っていたので、
帰ってきたら誘おうと思っていました。

ちなみに、私は職場に友達はいないし、
いらないというタイプで、
体育会系な今の会社の雰囲気もあまり好きでないので、
会社ではあまり人と話しません。

彼とも以前は喫煙ついでに(以前は私も喫煙者でした笑)よく話してましたが、
この2ヶ月は社内ですれ違っても
ほぼ一言も話していません。

一度だけ、向こうから、会議室をゆずってほしいと話しかけられたことがありました。

彼も飲みの約束はもう忘れてるのかも。

嬉しいような、さみしいような、気分になり、
聞かれたことにだけ答えました。



「体調も良くなってきてし、
来週こそ飲みに誘おう。」

そう思ってた12月5日。
婦人科で新たな病気が発覚したのでした。


この数ヶ月、私はありとあらゆる体の不調に悩まされてきました。ようやくげんきになった。
その矢先の病気発覚はとてもショックでした。

次の日から1週間、会社に行っても、
誰とも話す気になれませんでした。
部署で企画されていた、
彼の送別会兼忘年会も欠席しました。

送別会に行かなかったことで、
私は彼に対して気まずい気持ちが芽生えました。
社内ですれ違っても、わざと目を伏せ、
話さないようにしました。
彼は年明けには、香港に行くと聞いていたので、
このまま年内話さぬままスルーして、
またいつか治って飲みに行くときに今を笑い話にしようと思ってました。


年末が数日後に迫ってきたある日。
私は、大学病院で手術を宣告され、
1人暗く、悪性の疑いにおびえながら、
なんとか会社に行っていました。

そのとき彼はごく自然に、二カ月ぶりとは思えないような態度で、私の席にやってきたのでした。


私はまた業務上の会話かなと思いました。
前回もそうだったし、彼は飲みのことは忘れて、出発準備で頭がいっぱいかなと思っていたのです。。
そう思うようにしたのかもしれません。
誘いをスルーしてきた自分の罪悪感と、ちょっぴりさみしい気持ちをスルーするために。
ぼんやりとそう思っていた私に、彼が話したのはこんな言葉でした?


「実は僕、会社にくるのは今日が最後で。
〇〇さん(私)とは、飲みに行こうと話してたのに、行けてないのが気にかかってて。」



2ヶ月ほとんど会話してませんでしたが、
その瞬間、私のきもちの紐がほどけました。
 


「私も、12月に入ってお声がけしようと思ってた矢先、また別の病気が発覚しちゃって、、、
それで送別会も行けなくて、すみません」

「え?」と心配そうに話を聞いてくる彼。



それから体調について、いくつかの質問をしてきました。
私は、ここ数日、人に話す気もしないほど、体調について落ち込んでたけど、
彼があまりに自然にいろいろ聞いてくるので、私もつい話してしまいました。
今が、どれだけ不安かという気持ちを率直に。
だから、誘えなかったことを。
送別会にも行けなかったことを。



彼は私をタバコに誘いました。
私は吸えないけど、話す場としてちょうど良いので、ついて行き、喫煙所で話をしました。

彼「年明けすぐに日本を発ちます。28日と、29日だけ空いてるんだけど、どっちか空いてたら行きませんか?」

私「実はあした検査結果がでて。悪性の結果がでたら、私あさってから落ち込んで会社にも来れないかもで。。超怖い」

彼「超怖いね」

それからこの数ヶ月私に起こったことを新ためて話し、彼の友達で病気になった人の話とか聞いて、

「28日は会えそうなら連絡ちょうだい」ということになりました。



翌日の検査結果は、グレーでした。
でも黒(完全な悪性)ではありませんでした。

グレーも白(良性)ではないから凹むし、彼が日本にこの先もいるなら、確実にリスケにしましたが、
これは送別会です。
しかも2ヶ月前から私の体調で延期し続けてきた。



出発前のわずかな時間(しかも彼はその日休日)を2ヶ月話してないようなただの同僚の私のために使ってくれるという申し出もありがたかったし、
ここはちゃんと送り出したい!


私は「検査、とりあえずはセーフです。28日あいましょう」とメールし、会うことになったのでした。



長くなったので、また続きを書きます。