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無謀な選択

結局(*v.v)。、
出版人美術展の返信用葉書、「出展する」に○付けて送ってしまった私です。

いや、ぼちぼち題材決めて、大きさ決めて、進めてはいます。

ただし、出張だぁ休日出勤だぁって、こんなにワラワラしてる間を縫っての作業なので
間に合うんかなぁという不安が脳裏を離れません。
いつもは仕事で人に「〆切」催促してますが、追われる側の気持ちがよっくわかりました。

題材は、前から日本画始めたら描いてみようと思っていたビンの組み合わせ。
ビンって、並んでるとなんだか人に見えてきます。
同じ形のものが整然と並んでると、整列してるみたいだし、
いろんな形のものが並んでると、
いろんな人が群像としてポーズしてくれてるような…。
タイトルは「sei・bu・tsu」(仮題)

絵具屋三吉って日本画用品の品揃えが豊富なお店の通販で金ボードを購入して、
背景は、金地にしてみようという新たな試み。
モチーフが花鳥風月じゃないので、
金にすることで少し日本画っぽい演出になるんじゃないかと思ってます。

絵の具は、まだ本格的な岩絵の具使えないので、顔彩を使用。

うーん、どっかで調整して、描くための休みとらないと仕上がらないのはわかってるんだけど、
うーん、不安だ。
でも、やるしかない。うん砂時計




悩みどころ

先日、すぱいらる展に出展させていただいた兜町のすぎもと画廊さんが、
一年後にはなくなってしまうとのお知らせをいただきました。

兜町といえば、東京証券取引所があり、
大小の証券会社が軒を連ねる金融街ですが、
昨今の金融恐慌の影響による近隣のビルの統合計画などが、閉廊の理由のようです。

お知らせは
すぱいらる展も来年度が最後で、二期に分けて大規模にやるので出すならそのつもりでね
という内容でしたので、今度はちゃんと新作(できれば日本画)準備しようと決めました。
で、この件は十分準備期間があるので良いのですが、
今日、すぎもと画廊の人物クロッキー会でお世話になった方から、
「出版人美術展」に出品しない?というお誘いのはがきが届きました。
場所は、すぎもと画廊さんですし「ぜひ!」と言いたいところですが、
問題は期日。

元々、この「出版人美術展」は、5月のメーデーに合わせて行われていて、
出版労連の人たちがメーデーのデモの帰りに日比谷の山縣画廊に寄って絵を観た後、
飲み会に行くのが20~30年前までの恒例だったようです。
会場については、ペニンシュラが建つために、山縣画廊が入っていたビルがなくなって、
その後、すぎもと画廊さんに場所を移したという経緯があります。
期日については、メーデーに合わせることはなくなりましたが、
ゴールデンウィーク中に開催するという部分は継続されています。

そう、出品するのであれば、一ヶ月で仕上げなきゃならないわけです。
この間のスケジュール表は、会議やら出かける予定やらぎっしり埋まっている…(-""-;)。
どぉする? 私?
ちょっと、悩んでみます。
とはいえ、いつも無謀な方向に足を進めてしまう自分の結論は見えている気がするシラー




鎮静効果

今年から始めた日本画は、まだ本格的な岩絵の具を使わせてもらえず、
練習用の顔彩で描いてます。

これまで使っていた透明水彩絵具やガッシュ(不透明水彩絵具)との違いは
粒子が粗いこと。
粒子が粗いとどう違うのか。
絵の具を混ぜた(重ねる?)ときの鮮やかさと乾きの早さが違います。

西洋系の水彩絵具は、混ぜるとひたすら鮮やかさが落ちて、
下手な使い方すると、濁る一方なのですが、
顔彩は、西洋系絵の具ほど彩度が落ちない。
また、今やってるのは一番オーソドックスな日本画の画法なので、
教えてもらったような描き方をすると、
何となく日本画風になってきます。
ある意味、塗り絵ちっくとも言えるのですが、
何なんだろうな、
筆で色を置いていく感じが、妙に落ち着くんですよね。

下書きは、墨を使うので久しぶりに硯と墨を手に入れましたが、
この墨の香と摺る行為もまた、いい感じ。

最近、仕事は休日出勤が増え、春闘(-""-;)もなんやかやともめていて、
その合間を縫ってちょっと書き物なんかもしてるので、
なかなか進みませんが、とりあえず道具とボードを出しっぱなしにして
まとまった時間が取れたら、一筆、
しばらくチラチラ眺めて、ちょっと一筆。

個展をめざさない制作は、何事も突っ走りがちな私の
     自らを鎮めること
そういうことなんだなと思うこの頃新月


Just opened!

スパイラル展 本日オープニングです。

土曜夕方、「どんな作品が集まるのだろう」と緊張しながらすぎもと画廊へ。
DMの「若手アーティストによる…」という文言に、引け目を感じていましたが、
年代の近そうな方も見受けられ、ひとまず安心しました(^_^;)。
作品は、イラストレーション寄りのものあり、油絵・写真・日本画・陶板画・焼き物などなど
 大きさも素材もさまざま。

画廊には、スペースを貸す貸画廊と、絵を売る目的の画商のお店の2種類があり、
会場のすぎもと画廊は、前者の貸画廊ですが、年に数回オーナーの企画で行う展覧会も行われています。
今回の「スパイラル展」は、若手中心の展覧会をやりたいと思ったオーナーが
いろんな所で作家に声をかけて出展者を集めたのが始まり。
初回は、ほとんど20代だったのが、
 いつのまにか「自称『若手』や、気持ちが『若手』」が増えて今回で6回目だそうです。

スペースを貸すのみでも、絵を売る事でも、観客を集めて入場料を取る事が目的でもなく、
オーナーが展覧会全体をコーディネートし、
集まった作品同士をうまく響き合うようにレイアウトし、
純粋にアートを楽しんでいるのが伝わってくるのが、「いい感じ」です。

今まで、グループ展は観るのも出すのも苦手でしたが、
こんな形もあるんだなと嬉しくなりました(=⌒▽⌒=)。
今日のオープニングパーティは、出展者の一人フランス人のロイックが参加するバンドの演奏もあり、
バンドのリーダーの
「言葉通じないんだけど、一緒に荻窪や吉祥寺駅前で演奏してます」
ていう紹介も、なんか純粋に音楽楽しんでていいなぁと思えた一コマでした。

展示の中で、私が最も注目したのは、徳丸尚文さんの作品「サワガニ」。
紙にボールペンで丹念に丹念に描き込まれたタッチと、鮮やかな色彩で、
独特の世界が展開され、個々の作品にモノガタリを感じます。
まだ学生さんですが、赤丸チェックの作家さんです旗





すぱいらる展

ひっさびさに、モデルさん描かせてもらってきました。

以前お世話になっていた「すぎもと画廊」さんのクロッキー会です。
約二年ぶりの参加なので、最初は緊張しましたが、
今日のモデルさんは、よかった。
ポーズが実に美しい:*:・( ̄∀ ̄)・:*:! ストーリーを感じました。
いいモデルさんは、描き手をうまくノセてくれます。

ただ、最初の二枚くらいは、
全体をとらえるので精一杯でしたので、また機会があれば
ぜひ描かせていただきたいと思ってます。

昨年の個展に出した作品の人物は、
ほとんどこの「すぎもと画廊」さんで描かせてもらったのですが、
仕事が忙しくなって、クロッキー会に参加できなくなり、
個展開催のご挨拶に行かなくちゃ…と気になりながら、
それっきりになっていましたm(_ _ )m。

今回またおじゃまさせていただくことになったきっかけは、
   「グループ展に出展しませんか?」
という昨年暮れのお誘い。
グループ展は、出すのも観るのもあんまり好きではないのですが、
不義理のお詫びができる良いきっかけになるかと思い、
参加を申し込みました。
今週末に搬入なので、その確認もかねての今日のクロッキー会参加です。

5月の個展をご覧いただいた方には、目新しい作品ではないですが、
もし、兜町近辺を通りかかるついでがあれば、
のぞいてみてください。
  すぎもと画廊  すぱいらる展
  2/23月-2/28土 11:00-18:30(初日は13:00から、最終日は17:00まで)
http://www.sugimoto-gallery.com/
ぶーぶー



拡張と増殖 継ぎ目の凝縮

大河ドラマが終わった後、いつものようにチャンネルを2に代える…
電話の呼び出し音
テレビのスイッチを切って受話器を取る。

  「もしもし? 今『日曜美術館』観よった? 大洲に関係のある人が出てるから観て」
  「ん? さっきまで観てたけど、あの日本画の若い人?」
  「そう」
母からの電話が切れて、再びスイッチをオン。

三瀬夏之介さん。
現代日本画界のホープなんだそうです。
  この作品はずっと続くと思う
このように語る作者の後ろには、ダイナミックに展開される屏風の作品が展示されていました。
番組が終わったところで、再び電話。

  「観た?」
  「うん、いい感じだったから今度観てくる」
  「さっき紹介されてた人は、万里子おばちゃんたちの学年が習った英語の先生の孫で、息子さんの代から奈良に移られたらしいんだけど…」
母たちの若い頃、大洲の中学校で英語の教鞭をとっていた三瀬先生という方がいらっしゃり、
三瀬夏之介さんは、その方の孫だという話。
情報通の友人からその話を聞いたという長年絵画教室で絵を描いている伯母から母へ、
さらに連絡網よろしく私のところに情報が回ってきたという次第です(・ω・)b。

会場である佐藤美術館3階の扉を開けると、
室いっぱいに展示されていたのは、テレビで紹介されていた作品「奇景」。
どこから観ようかと一瞬の戸惑いの後、まずは屏風の一曲ごとに端から向き合います。

  古代と現代
  戦いと平和
  人と自然
  西洋と東洋

対極するさまざまなものがぶつかり、調和し、増殖し、
うねりを持って流れていく 人類の壮大なものがたり…

時々繰り返される、五重塔・仏像・UFOのモチーフがリズムを生み出す
曲をつなぐ蝶番で、大きなうねりが一瞬凝縮され、次の曲にうねりを伝えていく

とてもいいアート体験をさせていただきました。

  「冬の夏 三瀬夏之介 展」 佐藤美術館
2月22日まで開催されるようです。
ご興味のある方お薦めですグッド!


ジャングル大帝

   パォンパォン~♪

鳴り響くホルンはレオのお父さんのテーマ。
いやぁ懐かしかったぁ(=⌒▽⌒=)。

先ほどNHKでやっていた「手塚治虫・漫画、音楽 人生」で、
冨田勲さん作曲の交響曲ジャングル大帝を聴きました。
作曲家ご自身の指揮、手塚さんの母校である大阪大学の交響楽団演奏です。
「45年ぶりに蘇る…」というナレーションに「そうだよなぁ…」と感慨もひとしお。

私が幼い頃通っていた今村バレエ団の今村先生は、
田舎においておくのが惜しいほど独創的でダイナミックな作品をつくられる方でした。
一般に良くある「くるみ割り人形」や「白鳥の湖」などのクラシックな曲ではなく、
いつも、新しいものに臨む まさにアーティスト。

初舞台だったかどうかは、定かでありませんが、
私の記憶で最も古くかつ鮮明に残っているのは、
冨田勲さんの交響曲を用いた「ジャングル大帝」の舞台です。
場面は、お母さんとレオが捕まって船で運ばれているシーン。
(もしかしたら、レオは船の中で生まれたって設定だったかも)
耳とシッポがついたグレーのサテン地の揃いの衣装で、
ネズミ役のチビッコが、オルゴールの曲に合わせて踊ります。
私の役は、皆が踊り終わって帰ったのに、一人取り残されて泣くネズミ。
その後は、レオがお母さんに促されて船から海に飛び込み、
アフリカ大陸をめざすシーンの蝶々役。
お母さん役やレオ役のお姉さんたちが、
きれいでかっこ良くて憧れたのを思い出しますヾ( ´ー`)。


この舞台のために買ってもらった「ジャングル大帝」のLPは、
お気に入りで舞台後もよく聴きました。
交響曲の前に、
    「管楽器のピッコロくん」
  呼びかけのナレーションの後に
    ピィロロロピッ♪
まるで話すようにピッコロが応える。
などという趣向の楽器紹介が入っていたのも楽しかった。

テレビでは、交響曲全部の演奏を聴かせてもらえなかったので、
CDないのかとネットで検索したら、プレミア付きで非常にお高い。
額が額だけに、実物見ないと、ちょっと手を出しにくい状況です。
この大阪大学交響楽団の演奏、新たにCD化されますよね?(って誰に聞けばいいんだ(^_^;))
誰でも良いです。お願いします!
CD化して、いい音源で供給してください!なにがなんでも全部聴きたいっ!!!!CD





美術館スタンプラリー

訪問美術館数 4カ所(別館・分館含む)  
所要時間   全行程約14時間(東京発午前7時~午後9時帰宅)  
  
柏わたくし美術館長の堀さんに、  
 「梅野記念館絵画館」(長野県東御市)行きに誘っていただき、  
 長野を訪れました。  

当初の目的地「梅野記念館絵画館」に付く前に「小山敬三美術館」に寄ったのを初めとして、  
   「無言館」   「傷ついた画布のドーム(無言館第二展示館)」
   「信濃デッサン館」   「槐多庵(信濃デッサン館別館)」
 計4美術館を訪れました。  
一日に訪れた美術館数としては最多記録です。  
 いずれも展示室が3~5程度の小美術館ですが、  
 たくさんの素晴らしい作品との出会いがありました。  
  
「梅野記念絵画館」から「無言館」に向かう道中、  
   「こっちだo(・_・= ・_・)o」  「あっちだヘ(・o・Ξ・o・)ヘ」  「行き過ぎた(´_`。)」  
 と、たどり着けるかどうかハラハラした場面もありましたが、何とか到着。  
  
小高い丘の上に凛とたつ「無言館」の扉を押すと、  
 薄暗い館内の冷えた空気の中に、  
戦地に赴き、若くして亡くなった画学生たちの作品と、手紙や愛用の画材が並んでいます。  
 「もう少し、あと少しだけ描いていたい」と、  
 旅立った彼らの無念の想いが伝わってきます。  
 十字架をかたどったような館全体がまるで棺か墓石のようで、何とも切ない…。  
  
少し坂を降りたところにある「傷ついた画布のドーム(無言館第二展示館)」の扉を開けると、  
ドーム状の天井に貼られていたのは、  
  ブルータス、マルス、ヘルメス…  
美術系の学校に行った人なら、誰もが繰り返した石膏デッサンの数々。  
ヨーロッパの古い建物にある天国を描いた天井画のようにも感じられました。  
  
次に向かったのは、車で5分ほどのところの「信濃デッサン館」。  
小さな木造の建物を入り、二階の展示室へ。  
こちらは、内田あぐりさんら現存有名作家の作品も展示されています。  
小さいながら凝った造りの内装も楽しみ、二階を一通り観終わったところで、  
ここが信濃デッサン館別館の「槐多庵」であることに気づき、  
一階を観て「信濃デッサン館」へ。  
  
一時期経営難に陥って、閉館の危機に瀕したようですが、  
存続を求める声に応えて、再開されたようです。  
扉を開けすぐの受付には、大柄な白髪の男性。  
むむ…(-_☆)、何やらただ者ではない感じ。  
堀さんの様子に、もしやと思いながら「あの方は…」と聞くと、  
「あの方が、窪島さんです」 おぉぉぉ\(゜□゜)/!  
昨年、朝日新聞に連載されていたので記憶にあったのですが、  
「無言館」「信濃デッサン館」を開いた窪島誠一郎氏は、  
幼くして養子に出され、自分の実の親を捜し続け、ようやく30歳を過ぎて、  
作家である実父水上勉氏と再会をはたしたという  
まさに小説を地で生きている方。  
俳優さんのような存在感を放っておられました。  
  
デッサン館には、窪島さんが見出した村山槐多氏の作品が最も多く、  
他にも夭折した画家たちの作品が並んでいました。  
私的には、  
中程の部屋のエゴン・シーレのデッサンが観られたのが大収穫。  
  
何とも、大急ぎで駆け回りましたが、  
充実ってこういうことだなぁと  
お腹いっぱい大満足の一日でしたニコニコ



Designing

社会に出てすぐに付いた職はデザイナーでした。

大学では油絵が専攻でしたので、美術教師にならずに
多少なりとも学校で学んだことを社会人として生かすには、
これだったわけです。

教員免許取るために、ちょっとはデザイン系の単位をとってはいますが、
元々ファインアートとデザインの間には、はっきりした一線があり、
それも充分わかってないままデザイナーになってしまったわけです。

その一線とは…
                 金 (^▽^;)

要は、いくらお金がかけられるものをつくるかで、
形や素材や大きさや色や、制作の時間などなど、さまざまな制約が生まれます。
限られた条件の中で、どんなデザインができるかが、デザイナーの力量。
そして、最終的にどんだけお金をかけるか、
どんなデザインにするか決定するのは、お金を出す人(クライアント)。

デザイナーになりたての頃、大変情けなく申し訳なくみっともない仕事をした後、
少しずつですが、要領がわかってきました。
自分の中にアイデアのストックや、情報を取り入れるチャネルができてきて、
ようやくお金もらっても恥ずかしくないなってものもできたり、
たまにですが、楽しかったなって思える仕事もできるようになった頃、やめました。

その頃、少しだけ編集の仕事もさせてもらっていて、
再就職の際に、配属されたのが編集の部署だったのが最終的な理由です。
いろんなことやりたがり屋の私は、新たな肩書きをもらえたことが嬉しく、
デザイナーに未練はなし。

その後は、自分で受ける受けないを選び、
「生活のため」ではない、趣味でやるお気楽デザインをたまーにやらせてもらっては
結構楽しんでます(*^.^*)。

この年末年始にやったのは、講演会のチラシ、お墓 Σ(~∀~||;)、ウェブ。
一昨年、兄が買ったお墓を、
一生に一度だろうなと思いながらデザインさせてもらいましたが、

もう一つお墓をデザインすることになろうとは、思いもよりませんでした。
前回の経験を生かし、墓地をうろうろして他所様の墓石を鑑賞させていただき(^_^;)、
石の特性や刻みの技術なども調べて臨んだので、仕上がりが楽しみです。


こんどのウェブは、最初からリンクさせることが前提で二ついっぺんにデザインしました。
新たに独自ドメイン取ったり、ファビコンの設定の仕方もわかって、
だいぶHTMLデザインも勝手がわかってきた感じがします。
一つは、まだ最初のページが不完全なままなので、一応格好のついた方だけアドレス書いておきます。
よかったら、のぞいてみてくださいね。
http://www.kashiwa-watakushi.com/
テレビ

個展のデメリット

個展をやると、デメリットも生じます。

案内の葉書を出したり、
 「近くに来る機会があって、もしよかったら(この言葉すごく気を使ってます(^_^;))寄ってね」
 と言ったりしてアナウンスした後、
 忙しい中来てくださったり、久しぶりに会えたり、初めてお目にかかったり観ていただくのは大きなメリット。
 (ただし、この場合も絵との出会いがよいものであったかどうかは別ですが…)

問題は、その場でお会いできなかった方。

私自身、展覧会の案内をいただいていつもいつも伺うわけではないので、
 急用が入ったり、忙しかったり、うっかり忘れたり、興味がなかったり
 っていうのは、当たり前だと思うんですが、
 年賀状をいただいて
     「個展に伺えなくてごめんなさい」
 って書いてあるのを見ると、
私は謝られるようなことをしてしまったのかって
すごく申し訳ない気持ちで凹みますo(_ _*)o。

これまでのような個展は当分やる予定もないし、ずーっとやらないかもしれないと決めたのは、
こんなことも大きな理由。
絵以外のお付き合いが絡むと
    観る観ない、行く行かないは、相手が決めること
とわりきれないものが、いろいろいろいろいろいろあってむつかしい汗